「日本語から英語へ」顧問早水輝好

コラム第9回

日本語から英語へ

2021年4月27日
早  水 輝  好

 4月になって私の本務が変わり、3月までの業務の後片付けや新しい仕事の立ち上がりで忙しくしているうちにあっという間に1ヶ月が過ぎようとしている。
 年度代わりのこの時期は、NHKの英語講座がどうなるのかを毎年チェックしている。今年はビジネス英語の講師を30年以上にわたって担当された杉田敏氏が退任され、新聞でも話題になった。
 私のNHKラジオ講座歴は古く、約50年になる。きっかけは小学校5年生の時に親から近所のそろばん教室に行くように言われたことに始まる。私は「学校から帰ってきてまた学校に行くのはいやだ」と言って、当時NHKラジオでそろばん教室をやっているのを見つけ、勉強することにした。すると、その番組の終了後に英語が聞こえてきて面白そうだなと思い、6年生になってから「基礎英語」を聞き始めたのである。最初のレッスンはThis is a pen.ではなくHi, I’m Ann. Hi, I’m Bob.だったこと、AnnのAの音は「おみやげ」をゆっくり発音したときの「Ya」のAの音だと言われたことを今でも覚えている。そろばんは上達しなかったが英語は好きになり、後の海外赴任や国際会議への参加につながっていく。何がきっかけで人生が変わるかわからない話の典型である。
 その後も続基礎英語、英語会話、ビジネス英会話など、何がしかの講座を聞いてきた。テキストは毎月数百円だから経済的なことこの上ないし、テキストなしで聞くだけでも構わない。最近は講座の種類が増えたので、講座のスケジュールをにらんで、平日夜11時10分~11時40分の4番組をSDカードにタイマー録音して、朝の電車の中で聞いている。本当はBBCやCNNのニュース番組を聴いたりTIMEや英字新聞を読んだりする方がいいのだろうが、気楽に聞けるので続けている。
 日本人は英語が話せない、と言われて久しい。政府は躍起になって早期の英語教育を導入し、小学校低学年から英語に慣れさせようとしている。これに疑問を呈しているのが、私より少し上の世代に人気のラジオ講座「百万人の英語」の講師だった鳥飼玖美子先生だというのが興味深い。日常的に英語を使わない我々日本人はNative speakerと同じようにはならないとのご意見で、著書*には「習うより、慣れろ」ではなく「慣れるまで、習え」が必要かも、と書かれている。NHKラジオ英会話の講師である大西泰斗先生が「英会話学習で最も大切なのは文法学習による基礎作り」と述べているのと共通している。私も基本的には同意見だが、私自身は小学生の時にNative の発音に触れたのが良かったと思っており、どんな学習法が正解なのかは個人差があるのだろうと思う。私は子供たちにラジオ講座を聴かせようとして見事失敗したが、それでも彼らは大学の時に短期留学したので、結局は本人のやる気が一番大切なのかもしれない。
 私は環境庁に採用後、国内の仕事が続いたので、英語に触れないまま国際的な仕事を担当させられたら困ると思い、人事院の短期在外研究員に応募して半年間渡米した。その後1994年からパリのOECD(経済協力開発機構)事務局へ派遣されて本格的に仕事で英語を使うようになったのだが、日本で習った英語と実際に使われている英語とは随分違うということをそこで知った。例えば、イギリスはUK(United Kingdom)であってEnglandではない、“will be …ing”という予定された未来を表す表現をよく使う、「○○する方がよい」と提案するときにhad betterを使ってはいけない・・・等々である。国際公務員が変な英語を使うわけにはいかないと思い、OECD紹介の先生から、話すことだけでなくむしろ正しく書くことを意識して再勉強した。
 日本人の英語学習のハンディは2つあると思う。最大のハンディは語順で、欧米人は言語が変わっても単語を入れ換えれば済むが、日本語と英語は語順が根本的に異なるので、どうしても会話での反応が遅くなったり、間違った語順で言ってしまったりする。こればかりは単純に訓練するしかない。今の「ラジオ英会話」は語順に力を入れているので、役立つかもしれない。もう一つは発音、というよりアクセントである。日本語は平坦な音調で母音を強調するので、同じように英語を話すと欧米人には理解しにくいのである。rとlの違いを気にするより、強弱をはっきりさせてメリハリをつけて発音することの方が大事だと思う。国際会議では様々な英語が使われており、Native speakerの方が聞き取りにくいこともあるので、完璧な英語である必要はないが、わかりやすい英語を話す努力は必要である。あとは語彙を豊富にして思い浮かぶ単語の種類を増やしておくと、詰まったときにBプランの会話ができるようになる。
 いずれにしても30歳を過ぎてからでは「覚えにくくて忘れやすい」世代なので英語の伸びにも限界がある。反対に小さい子供は「覚えやすいが忘れやすい」。私の次男はパリで3歳の時から現地幼稚園に通い、4年後に帰国する頃にはフランス語がペラペラになったが、帰国後2週間ですっかり忘れてしまった。子供をバイリンガルに育てたかったら、日本で漢字を習得してから「覚えやすくて忘れにくい」10代の時に外国に行くのが一番良い、というのが私の経験則である。アメリカに赴任した友人を訪ねたときに、中学生の娘さんが話している途中で日本語から英語に変わっていったのでびっくりした記憶があるし、OECDの同僚から「彼女は日本語も話せるのか?」と言われたバイリンガルの知人も中高生ぐらいからの海外暮らしだった。
 昔に比べれば日本人が英語に触れる機会は格段に増え、勉強の方法もネットの活用などいろいろある。最近は留学に行きたがらない学生が増えているという話も聞くが、やはりある程度の英語を身につけて海外に行き、多様な文化に触れることが、グローバル化が進む現代ではますます大切になってくると思う。コロナが収まったら、若い世代の再チャレンジを期待したい。

 *鳥飼玖美子:本物の英語力(講談社現代新書、2016年)

年度代わりで講師も内容も変わったNHKビジネス英語テキスト