顧問早水輝好「続・カーリング」

コラム第17回

続・カーリング

2022年6月1日
早 水 輝 好

 前回のコラムで予告したように、例年より長くなったカーリングシーズンの最後を飾る日本選手権が5月の最終週に行われた。若手チームも活躍したが、女子は北京五輪銀メダルのロコ・ソラーレが貫禄勝ち、男子はSC軽井沢クラブが5大会ぶりに優勝した。また、その最中に、世界ジュニア選手権(女子)で日本代表のSC軽井沢クラブJr.が優勝したという嬉しいニュースが飛び込んできた。

 これに先立つ4月最終週には、男女2名の選手でプレーするミックスダブルスの世界選手権が開催された。日本からは谷田康真選手・松村千秋選手のペアが出場したが、予選リーグであと1勝足りず決勝トーナメントに進めなかった。決勝は北京五輪女子4人制で金メダルのイヴ・ミュアヘッド選手を擁するスコットランドと、世界選手権女子4人制で金メダルのアリーナ・ペーツ選手を擁するスイスとの間で行われ、ミュアヘッド選手が次々とスーパーショットを決めたスコットランドがスイスの追い上げをかわして優勝した。NHK-BSで放送された決勝戦を見たが、ハイレベルの面白い試合だった。
 4人制とミックスダブルスとは結構ルールや進め方が違っている。例えば、4人制の場合は石(ストーン)の投げ手がいて、投げる(滑らせる)目標となるブラシを立てる人がいて、あとの2人が氷を掃くSweeperとなるが、ミックスダブルスでは選手が2人しかいないので、男子選手が投げる時は投げた直後から自分で氷を掃くことになる。また、得点が入りやすくなるようなルールになっているので逆転また逆転という試合が結構あり、試合時間も短いので、4人制より見ていて面白いのではないかと思う。

 4人制カーリングの選手の中で一番大変なのは最後(4人目)に投げる選手である。通常はゲームの作戦を主に組み立てる司令塔「スキップ(Skip)」が4人目であることが多いが、スイスのようにスキップが別にいるチームも稀にあり、その場合は単に「フォース(Fourth:「4番手」の意)」と呼ばれる。いずれにしてもこの「4番目の投げ手」は、毎回(4人制の場合は10エンド=10回)、最後にそのエンドの勝敗と得点を決める重要なショットを投ずるとともに、試合の最後には「決めれば勝ち、決まらないと負け」のようなさらに重要なショットも求められる。しかもそれが毎試合続くのだから、石を正確に投げる技術はもちろん必要だが、それに加え、相当強い精神力も必要だろうと感じていた。野球で言えば、クローザーに毎回最後の選手を相手に投げさせるようなものだからである。
 そう思いながらオリンピックのカーリングの試合の録画を見ていたら、案の定、解説をしていた市川美余さん(元中部電力)が、「4番目の投げ手」について、「心臓に毛の生えた選手でないと務まらない」と言っていたので、「それを元カーリング選手が言うか」と思わず笑ってしまった。自分のことじゃないよね、と思って念のため確認したら、彼女の現役時代は主に3番目の投げ手(サード)であり、その時のフォース(=スキップ)はその後ロコ・ソラーレに移籍した藤澤五月選手だった。難しいショットを次々と決められる藤澤選手は天才だと思っていたが、その上「心臓に毛」の選手だとチームメートも思っていたということだ。やっぱりね、と納得した。
 フォルティウス(旧北海道銀行)の吉村紗也香選手は藤澤選手と同年代で、ジュニア時代から活躍しており、北海道銀行で当初のサードからスキップになったときには飛躍を期待したのだが、意外に肝心なショットを決められないことが多かった。精神的に弱いところがあったようで、メンタルコーチをプロ野球界から招いてメンタルトレーニングをした結果、昨年の日本選手権で優勝、五輪代表まであと一歩に迫った。今年の日本選手権ではまた不安定な状態に戻ってしまったようで、再起を期待したいが、やはり並大抵の精神力では務まらないのだろうと思う。

 強豪国の代表チームのフォース(スキップ)は特定の選手が長く務めている。前述したスコットランド(オリンピックではイギリス)のミュアヘッド選手もジュニア時代から活躍し、19歳で出場した2010年のバンクーバー以来ずっとスキップとしてオリンピックに出場している。ミックスダブルスでもミュアヘッド選手×ペーツ選手の「金メダリスト・フォース対決」の決勝になったように、最後に投げる選手が安定しているチームは強いと言える。
 このため、優れたスキップがいるチーム=強豪チームというイメージがずっとあったのだが、オリンピックの試合を見ていて、スキップが最後に投じた石を、勝てる場所に止めたり相手の石をうまくはじき出せる場所に当てたりするには、スキップが投げた後で石の滑り方を見て掃かせたり止めたりすることを指示する「Vice Skip」と呼ばれる選手(スキップの次に熟練した選手。ロコ・ソラーレだとサードの吉田知那美選手)の役割が結構大事だということに気づいた。スキップが投げて、何もしないで見ているだけで勝てる場所にピタッと止まるなんてことはめったになく、大抵は氷の掃き方の加減で石が止まる(あるいは当てる)場所が決まってくるからである。他の選手が投げる時はスキップが指示するのだが、スキップが投げるときはVice Skipの仕事になり、最も重要なショットが決められるかどうかの責任の一端を担うことになる。スキップと同様、相当な精神的負荷がかかっていると思う。
 吉田選手は、予選リーグ最終戦で調子の上がらない藤澤選手を「さっちゃん、時間があるからゆっくり投げていいから」と大声で励まし、準決勝では藤澤選手の最後の一投を(伸び過ぎるかとひやりとしたが)的確な対処の指示で適切な場所にピタリと止めた。素敵な笑顔で人気の吉田選手だが、彼女自身もその下で恐ろしい重圧に耐えていたのだろう。
 確かにカーリングはチームスポーツでありコミュニケーションが重要と言われてはいるが、実際の試合を見ると結局は最後の石を投げるフォース(スキップ)次第、と今までは思っていた。しかし、今回いろんな試合をゆっくり見て、ロコ・ソラーレは天才藤澤五月だけで強いのはなく、他の選手も高い技術を持ち、また互いに助け合う力にも優れていて、総合力で他のチームを上回っていたのかな、と少し見方が変わった。

 2回にわたってカーリングを解説するなんて、ほとんど「オタク」のコラムになってしまい、いつもは原稿をチェックしてくれる家内にも今回は「勝手にして」と匙を投げられたが、意外な「味方」がいた。今回の日本選手権は無観客だったため、カーリング協会は要望に応えてプログラムを通信販売したのだが、そこで将棋の渡辺明名人がカーリングの魅力を解説しているとのこと。「氷上のチェス」ならぬ「氷上の将棋」と渡辺名人も思っているに違いないと、将棋指しの私は嬉しくなって早速注文した。まだ手元に届いていないが、読むのが楽しみである。
 ようやくオリンピックの試合の録画を見終わったので、この夏は撮りだめしたそれ以外の試合を少しずつ見ながら、次のカーリングシーズンを待つことにしたい。

2018年1月の大雪
(著作権・肖像権に抵触しない適当な写真がなかったので、せめて冬の雰囲気をお届け)

(注)前回のコラムで、旧北海道銀行のチーム名を「フォルテウス」と記載しましたが、
   正しくは「フォルティウス」でした。今回の掲載と併せて訂正しました。