コラム第32回
カーリング日本選手権観戦記
2025年2月25日
早 水 輝 好
暖かい正月で始まった2025年だが、2月になって寒い日が続いた。その影響か、我が家では「春にまず咲く」はずのマンサクの開花が遅れ、逆に梅が例年よりかなり早く咲いた(ような気がする)。また、関東南部は好天続きでうれしい反面、少雨で野菜が高騰しており、一方で日本海側は豪雪に見舞われている。夏だけでなく冬も気候が極端になってきているようだ。
そんな中で、私は平日にお休みをいただいて久しぶりに横浜を訪れた。カーリング日本選手権を見るためである。第16回のコラムで書いたが、2021年に横浜で開催の予定がコロナの影響で稚内での無観客開催となり、「コロナが収束したらぜひ首都圏で開催して欲しいものである。」と結んだのが、ようやく実現の運びとなったのである。
実は今回の観戦にも紆余曲折があった。横浜での開催という発表は結構早い時期にあったので、カーリング協会のホームページに詳細が告知されるのをずっと待っていたのだが、「新着情報」への掲載がなく、さすがに年が明けておかしいと思い協会のホームページを見直したら、知らないうちに日本選手権用のバナーが右側に出ていたのである。おいおい、それはないだろうと思いつつそこを開けたら、不安が的中。週末のチケットは売り切れていた。がっかりして家内に話したら、「平日に休みをとって行けばいいじゃない」という有難い助言。(注:家内はスポーツ嫌いなので行かない。今回の原稿チェックもパス。)それもそうだと思い直して仕事のカレンダーを見たら、ちょうど開催週の金曜日が空いている。急いでコンビニで買う手続きをして、入手したのである。
日本選手権は2月2日(日)~9日(日)の日程で組まれ、最後の土日が準決勝・決勝である。もともとは8日(土)の準決勝を狙っていたのだが、7日(金)も2次予選リーグの最終日で強豪チーム同士のカードが予想され、悪くない日だった。試合は朝9時開始、13時半開始、18時開始で3試合ずつ組まれており、この日は朝と夜が男子、昼間が女子の試合だった。私の贔屓チームは藤澤五月選手率いるロコ・ソラーレではなく、吉村紗也香選手率いるフォルティウスである。チケットは1日有効なので朝から全部見ることも可能だが、さすがにそこまでの元気はないので、午後の女子のゲームを見る日帰りコースが良さそうと考え、お弁当を三鷹駅で買って横浜に向かった。
会場は横浜BUNTAIという昨年オープンしたばかりの大きな施設で、普段はコンサートやスポーツイベントが行われる会場に特別に氷を張って競技場が作られた。日本では通常観客席が少ないカーリング専用競技場で試合が行われるが、海外では大きなアリーナで試合が行われるので、このような大きな会場で大勢の観客の前で試合を行うことは、興行面だけでなく日本選手の経験にもなって有意義というのが識者の見解だった。
会場に着いたらまずお土産を確保しようと「もぐもぐ横丁」なる売り場に向かった。案の定、お目当てのカーリングベル(応援グッズ)はすでに売り切れ。食べ物系のお土産はおつまみがほとんどだったので、家内向けに唯一の甘いお菓子「稚内流氷まんじゅう」をゲットして、いざ観客席へ。
日本選手権は男女とも10チームが5チームずつに分かれて1次予選リーグを戦い、それぞれのグループで上位3チームが2次予選リーグに進む。女子は1次リーグで波乱が起き、実力上位と見られた「5強」のうち前年優勝チームを含む「2強」が敗退していた。逆に2次リーグでは波乱がなく、この日の最終戦を前に、残る「3強」が順当に決勝トーナメントに進むことが決まっていて、通過順位の争い(1位通過だと準決勝免除で決勝に進むことができる)だけが残っていた。
この日のカードは、フォルティウス対北海道銀行の1位通過をかけた試合、ロコ・ソラーレと青森のチームとの試合、残りが札幌国際大学とチーム御代田(みよた。長野県の町名)との試合で、3つのシートで同時並行で行われる。私のチケットは3階の自由席だったので、どこで見るか迷ったが、フォルティウス対北海道銀行の試合が手前に見える横側の席に陣取ることにした。こうすると3試合を同じ視野に入れて見ることができ、また正面にはストーンが止まる「ハウス」の状況を映すビジョンが設置されていて、見やすかったからである。
カーリングの試合を生で見るのは初めてなので、寒いかもしれないと思って、ホームページでの助言に従いひざ掛けも持参したのだが、会場はそれほど寒くなく、ダウンジャケットを脱いで膝にかけて観戦した。少しかさばったが星見用の双眼鏡を持ってきたのも正解で、選手の表情をよく見ることができた。
カーリングの試合はだいたい3時間かかる。普段は途切れ途切れのテレビ観戦か、録画を飛ばし見することが多いので、3時間も座って見るのは退屈かと思ったが、そんなことはなかった。並行して行われる3試合はどれも戦況が刻一刻と変わるので、追いかけるのが大変なのである。手前の試合を見ていたら向こうのシートが盛り上がり、そちらに気をとられている間に手前の試合の肝心なショットが終わっていた、というようなことがたびたびあった。「氷上のチェス」なので試合を見ながら作戦を考えるのも面白い。将棋でプロ棋士が複数の人を相手に同時並行で「多面指し」の対局をする感じに似ていると思った。
3試合のうち、ロコ・ソラーレの試合が一番早く終わった。この日は各選手のショットが冴え、青森のチームが途中で負けを認める圧勝だった。1位通過をかけたフォルティウス対北海道銀行の試合は実力者同士の接戦となり、同点の最終エンドでフォルティウスが1点を挙げて勝利した。しかし、この2試合が終わっても帰る観客はいなかった。予選敗退チーム同士の消化試合だった札幌国際大学対チーム御代田戦で、チーム御代田が最終エンドに4点差を追いつき、延長戦になったのである。
延長のエキストラエンド。札幌国際大学の最後の1投を残して、ハウスの中心に近いところにチーム御代田の赤いストーンが縦に2個並んでいる。最後の1投を投じるのは、札幌国際大学のスキップ・敦賀心羽子(こはね)選手。コラム第16回で書いた長野オリンピック男子日本チーム・スキップの敦賀信人選手の姪である。勝利するには、(A)敵のストーンより円の中心に近いところに置きに行くか、(B)少し手前にある味方のストーンを押して円の中心に近づけるかどちらかと思っていたら、目標のブラシが置かれたのは中心近くにある敵の赤いストーンだった。(C)敵の2個のストーンをまとめてはじき出す「ダブルテイクアウト」が狙いだ。ただ、そのすぐ後ろに味方のストーンがあって敵のストーンを守る形になっているので、通常は出しにくいと言われている形である。マジかよ、と思って見ていたら、強い勢いで投じられた黄色いストーンは敵の2個のストーンとその後ろの味方のストーンをまとめて弾き飛ばし、手前にあった黄色のストーンが無傷で残って1点。見事札幌国際大学の勝利となった。会場割れんばかりの大拍手。女子予選リーグの掉尾を飾る素晴らしいショットだった。
ここで多くの人が席を立ち、私も帰途についた。ただ、腹ごしらえをしてから戻って次の男子の試合を見る熱心な観客も少なからずいただろうと思われた。
土曜日に行われた準決勝ではロコ・ソラーレが北海道銀行に敗れ、日曜日の決勝は再びフォルティウス対北海道銀行の戦いとなった。フォルティウスの吉村選手が同点の延長エキストラエンドで見事に最後の一投を決めて、2021年に旧・北海道銀行として優勝して以来、4年ぶりの日本一になった。テレビ観戦していた私はガッツポーズ。前回優勝後に北海道銀行とのスポンサー契約が終了し、その後スポンサー探しなど苦難の道のりで(第16回・17回のコラム参照)、吉村選手も出産を経たカムバックで大変だったと思うが、それらを乗り越えての優勝の喜びは格別だっただろう。まず五輪出場権がかかる3月の世界選手権での活躍を期待したい。
決勝で敗れた現・北海道銀行は2年連続の準優勝で、五輪代表選考会への出場権を逃した。厳しい世界である。
スポーツ観戦は野球も含め随分久しぶりだったが、純粋に勝敗が分かれる一方で、勝敗に関わらず随所のナイスショットに拍手が湧くのは気持ちがいいものだった。応援も拍手やカーリングベルが中心で、サッカーや野球のように騒々しくないのもよかった。今回は多くの観客が入り、大会としても成功だったと言えるだろう。横浜市は来年度も誘致したいと言っており、実現したら(私も当然行くが)ぜひ読者の皆さんも観戦をご検討下さい。
今回は完全にオタクのコラムになってしまって申し訳なかったが、次回は「私が住んだところ」のシリーズに戻ることを予告して、今回のコラムを閉じることにする。
勝利を決めて観客に手を振るフォルティウスの選手たち