都市プランナーの雑読記-その92/井上章一『京都ぎらい』

都市プランナーの雑読記 その92

井上章一『京都ぎらい』朝日新書、2015.09

2025年2月27日
大  村 謙二郎

 2016年の新書大賞を受賞した、ベストセラー本である。
 井上は京都大学で建築史を専攻し、「霊柩車誕生」「つくられた桂離宮神話」などの著作で、いままでの建築史の通説を覆すことや、あまり専門家が目をつけなかった視点で論を展開してきたなかなか、ユニークな学者であり、エッセイストだ。最近は建築専門ではなく、風俗史や日本文化論で多くの著作を発表している。
 彼は京都の嵯峨で生まれ育ち、嵯峨そのものは京都市の右京区に属しているのだから、当然、彼は京都出身の京都人であると普通は思うのだが。井上に言わせれば、京都人として自己規定して、プライドを持っているのは洛中(上京、中京、下京)に住み、商売、事業をしている人に限られているようだ。
 井上自身、研究室の調査で下京区にある、有名な杉本邸の町屋調査をしたときに、当主から井上は嵯峨出身と言うことで、昔から、肥だめを取りに来た田舎者と蔑視されたことに恨みを持ったエピソードから本書をはじめている。
 いかに京都人はどのように気位が高いか、あるいはどういう行動規範を持っているかを、相当嫌味を込めて、千年の古都京都のいやらしさを、書き連ねている。
 あまり、京都についてこだわりやそれほどの愛着、畏敬の念を持たない私には、何を些細な違いについて、ネチネチ書いているのか、理解できない点もある。京都の僧侶の生臭さ、仏教のいかがわしさ、京都の中華意識などはそれほど、面白く思えないし、井上自身の個人的エピソード開陳もそれこそ、京都らしいと感じてしまう。これが、なぜベストセラーになったのか、不思議であった。
 さすがに歴史好きで、いろいろトリビアルなことも含めて、興味深い歴史エピソードが紹介されている部分は面白かった。ただ、全体的な評価で言えば、啓発されるような本でもないが、京都についての意外なエピソードを知るなど、気分転換、時間つぶしの本として良かったのかも知れない。
 井上は文筆商売がうまい人だと妙なところで感心した。七についての読み方が京都では「ひち」となっていることに対する、愛郷心的解説は興味深かった。
 京都の対する、普通の人々の思い込み、憧れ等を覆すとの井上の戦略はそれなりに成功しているのかもしれない。アクロバティックな常識を覆す議論が井上の持ち味とすれば、その意味で成功している本かもしれない。