大村謙二郎 都市プランナーの雑読記その65

都市プランナーの雑読記 その65

橋爪大三郎・大澤真幸『おどろきのウクライナ』集英社新書、2022.11

2023年11月7日
大  村 謙 二 郎

精力的な執筆、発言をおこなっている二人の社会学者の対談本です。橋爪、大澤のコンビでいろいろな、おどろき本を刊行しています。
本書はウクライナへのロシア侵攻に触発された、時事本、流行本かといえばそうでもなく比較文化的、社会学的な分析に満ちた本となっています。
本書は2021年9月3日の対談を第1章として2022年5月21日までの5回の対談を元にその後、構成、加筆を加えて一書にしたものです。その時々のアクチュアルな事件、出来事を取り上げながらも歴史的、文明的、宗教的背景なども踏まえた、中味の濃い対談集となっています。
第1章「アフガニスタンとアメリカの凋落」はアメリカのアフガニスタン撤回を受けて、またたく間に政権を獲得したタリバンを取り上げながら、イスラム主義が必ずしも宗教的な懐古主義、原理主義ではないこと、イスラムではナショナリズムが育たず、同じイスラムでの連帯がないのはなぜか、タリバンの存立基盤はもめ事処理であり、ヤクザ組織の工藤会と似ているなどの、面白い指摘がなされています。
第2章「ウイグルと中国の特色ある資本主義」は中国がこの20年近くの間で急成長し、経済的も世界の強国になった理由、背景などについて語り合っています。中国の権威主義的資本主義が多くの成果を達成しているのは一時的現象なのか。資本主義は民主主義を前提とすると考えられていたが、中国はその考えを覆して、成功しているがこれは長期性を持ち得るのか。台湾有事に際しての考えなど、興味深い論点が掘り下げて検討されています。
第3章「おどろきのウクライナ」は2022年3月7日の対談がベースで、ロシアのウクライナ侵攻に衝撃、驚きを持った上での対談です。ロシアの西欧コンプレックス、秘密警察がロシア、プーチンの統治に関わっていること、ウクライナのアイデンティティは何かなど臨場感を持って語られています。
第4章「もっとおどろきのウクライナ」は2022年5月19日の対談で、予想以上にウクライナ軍が強く、屈強に反撃している事実におどろきながら、戦争から見えてきたこと、ロシアが長期的に戦争に負ける(負けるの意味が問題ですが)こと、国際的な信認を受けることはないことなどを確認しながら、この戦争の行方を議論しています。
第5章「ポスト・ウクライナ戦争の世界」はこれからの世界のあり方に重要な役割、位置を占める中国に焦点を絞りながら、ロシアとの違い、中国が一つの世界として成立し、強靱さを兼ね備えていること、一方で中国は後発資本主義国として西欧資本を受け入れながら、ジェネリック国家として有利な展開をしたことを卓抜な比喩で論じている。
一方で自由、平等、人権を無視した反社会団体としての中国国家に対するあいまいな態度を持つことは許されず、西側(日本を含む)は中国に対するデカップリング政策を早急にとるべきとの考えを橋爪は強く主張しています。
納得できる論理だが、大澤はそれを認めつつも西側世界がつくりだした、自由、平等、人権を反省的に捉え返す必要性を強調しています。大澤の議論はその点では良心的だがなかなか、難しいなと思います。台湾有事に際して、日本が傍観することは許されず、アメリカとの連携を図るべきとの考えは両者とも明示的に述べていないが、同じ意見だと思われます。それしか選択肢はないのか。この点は良く考えないといけないと思われます。
流動的な事態が進行している中での議論であり、正解があるわけでないが、物事を多面的に歴史的背景、比較社会的な視点から読み解くことの重要性が示されています。頭の体操になる刺激的な本です。時間がたってから、この本を読み返してみるのも良いかも知れません。