大村謙二郎「都市プランナーの雑読記-その56/村上春樹『雑文集』・加藤典洋『村上春樹は、むずかしい』」

都市プランナーの雑読記その56

村上春樹『雑文集』新潮文庫、2015.11
加藤典洋『村上春樹は、むずかしい』岩波新書、2015.12

2023年2月10日
大  村 謙 二 郎

今回は村上春樹絡みの本、2冊を取り上げます。近々、村上春樹の新たな長編小説が刊行されるそうで、おとろえない持続的な執筆活動には驚かされます。
村上春樹を読み出したのは比較的遅く、彼がデビューして相当時間がたってからでした。最初は初期の短編集を2,3冊読んで、なんだか、アメリカンのライトノベルのような感覚の小説だなとの印象を持っていました。まあ、面白いけれど、それほど傾倒するほどでもないなという印象でした。評判になった『ノルウェーの森』を読んだのはもっと後でした。
その後、彼の長編を続けて読み、村上独自の世界に魅せられたり、困惑したりです。
村上の著作すべてを追っかけるほどのフリークではありませんが彼の言動には共感するところが多いです。
『雑文集』はそんな村上が作家デビューしてから30余年たって、いろいろな雑誌、メディアに書いてきた文章や未発表、未収録のエッセイなど、村上曰く「雑文」を集成したものです。単行本としては2011年のはじめに刊行されています。
この文庫版では、村上春樹の文庫版あとがきが掲載されています。
評判となったエルサレム賞の受賞あいさつである「壁と卵」や彼が、オウム真理教の引き起こした地下鉄サリン事件に衝撃をうけて刊行したノンフィクション『アンダーグラウンド』について、アメリカの雑誌社から原稿依頼を受けて書いたエッセイで、結局刊行されなかった、初出のエッセイ「東京の地下のブラック・マジック」など興味深いエッセイが掲載されています。
私は、ジャズは全くわからないのですが、ジャズに造詣の深い村上が書いたエッセイ「ビリー・ホリディの話」は、ジャズがわからない人にもジャズがどういった音楽なのか、何となく理解させてくれる秀逸なエッセイで、個人的には大変面白かったです。
村上独特のユーモア、ペーソスあふれるエッセイが随所にあり、これも楽しめました。
単行本刊行時に収録された安西水丸と和田誠の解説対談も解説になっていないのですが、村上の人柄をわからせてくれるユーモアあふれる対談です。
気楽にのんびり楽しめるエッセイで、ほっこりします。

加藤典洋の『村上春樹は、むずかしい』は、文藝評論が本業(?)の加藤典洋の村上春樹論です。
加藤がこの本を書くきっかけとなったのは、村上春樹を論じるシンポジウムで感じた違和感です。すなわち近隣アジア諸国、中国、韓国、台湾などの知識層の間では村上春樹はあまり読まれることはなく、リスペクトされていないという、軽い衝撃だったそうです。村上春樹が出てきたときにもあまり、正統的文学者、文壇人に評価されてこなかった、あるいは酷評されることが多かったようです。村上は芥川賞を取っていません。
加藤典洋にいわせれば、村上春樹は近代文学の山稜に連なる「知的内蔵量膨大な端倪すべからざる文学者」と評価できるのであり、村上はそういった意味で難しいのです。単なる、大衆的に世界的な人気小説家として扱うべきでないとの意見です。
加藤は、村上の膨大な作品群を腑分けしながら、初期、前期、中期、後期、現在に時系列にたどりながら、3部6章に分けて、彼の作品を読み解いています。
加藤が取り上げている村上の作品をすべて読んでいるわけではないですが、プロの文芸評論家は村上ワールドをこう読み解いているのだと感心しました。
村上は自分の作品に対する批評(特に日本人のそれ)を読まないと公言していますし、彼の文庫作品には通常ある、批評家の解説というのがないのも少し変だなと思っていました。村上は果たして加藤典洋のこの書を読むことはないのかな。一度対談でもしてくれると面白いと思っていたのですが。加藤典洋も2019年に亡くなり、それもかなわぬ夢となりました。
いろいろ刺激のある本でした。