顧問大村謙二郎「都市プランナーの雑読記-その52/東秀紀『アガサ・クリスティの大英帝国 名作ミステリと「観光」の時代』」

都市プランナーの雑読記その52

東秀紀『アガサ・クリスティの大英帝国 名作ミステリと「観光」の時代』筑摩選書、2017.05

2022年10月26日
大 村 謙 二 郎

 東さんは早稲田大学の建築学科を卒業され、ロンドン大学で都市計画の修士を取得された、都市計画、建築の専門家です。また、作家としても活躍され、漱石、荷風、鷗外についての評論や小説なども多数刊行されています。東大都市工学科の創設者であった高山英華先生の評伝『東京の都市計画家高山英華』等、建築、都市計画関連の多くの著作も刊行されています。
 その東さんが大のアガサ・クリスティのファンで、こういった作品を刊行されたのを知り読んだ次第です。
 アガサ・クリスティのミステリは小さい頃に、多分、少年少女向けのABC殺人事件を読んだくらいで、ほとんど読んだことがありませんでした。映画ではオリエント急行の殺人を見たくらいで、そういった意味ではクリスティについて全く無知なので、彼女の作品を読んだこともない者が、この著作をはたして楽しんで読めるか、大いに不安だったのですが、杞憂でした。
 東さんが、大のミステリ・ファンで数多くの作家のミステリを読まれていて、当然ながら、今回、この本を執筆するにあたって、彼女の長編66作品を再度、読みなおされたと書かれているのを知り、並みのミステリ・ファンではないなと驚きました。
 多分、クリスティの作品を読んでいる人には、より味わい深い、興味深い読み方ができるのかも知れませんが、クリスティ無知の私にも大変楽しめる著書でした。
 クリスティがいかに、英国の国民作家として、あるいは世界中のミステリ・ファンに愛される作家となったかについて、彼女の生涯と作品をたどりながら、この書は英国の盛衰と重ね合わせながら解き明かしてくれます。
 彼女の作品には観光ミステリ、田園ミステリ、都市ミステリとグループ分けされる作品があり、それぞれが、大英帝国の絶頂期、衰退期、第二次大戦後の社会福祉国家の時代と、どう関わりがあるのか、作品のポイントを押さえながら読み解かれています。
 作品のあらすじ、登場人物の特徴を説明しながら、当然ですがネタバレにならないように、その作品を読んでみたいなと思わせる書き方は、さすがプロだなと感心します。
 また、英国では党派の違いを超えて、国民共通の大切な資産、環境としての田園への思いが強く、これが、アガサ・クリスティの田園ミステリの人気の高さの秘密の一端なのだと理解できました。
 東さんのように、クリスティの66作品に挑戦することは到底無理ですが、東さんの魅力的な説明に誘惑されて、いくつかのアガサ・クリスティの古典を読んでみようかなと思います。
 イギリス社会の盛衰、都市・田園計画とクリスティの作品などが論じられており、読みごたえのある、楽しい本でした。