都市プランナーの雑読記 その78
山室恭子『大江戸商い白書』講談社選書メチエ、2015.07
2024年5月28日
大 村 謙二郎
最近は読書嗜好が少しずつ変わってきたようで、江戸ものの時代小説を暇に任せて読むことが多くなっています。池波正太郎、藤沢周平などの定番ものは耽読しましたが、最近は宮部みゆきの時代小説、怪異小説がお気に入りです。
さて、歴史学者の山室さんの本を読むのははじめてです。書評で紹介されていて、面白そうだと思って買ったのですが、ずっと読まずに放置していました。
副題の「数量分析が解き明かす商人の真実」というように、普通の歴史文書を読み解いて、物語の歴史を叙述するスタイルと大きく違う異色の歴史書です。統計資料を駆使して、個票データを基に様々な数量分析をおこなうことによって、江戸時代の商人像、商業構造、空間的構造などをスリリングに解き明かしています。山室さんは勤務校が理工系の東京工業大学ということがあるのかも知れませんが、歴史文書、資料を計量的に分析して、歴史を読み解く、計量歴史学という分野の方なのかなと感じました。
山室さんによれば、江戸の商業については、越後屋=三井が遺した、長期にわたる膨大な文書を基に叙述、解明された三井史観が支配的であったそうです。山室さんが本書で着目したのは江戸期の人口調査、問屋商業調査などです。個票にあたり、それを一件ずつ、エクセル化して様々な角度から分析することによって、次々と興味深い史実をあきらかにしています。
江戸の町人地の高密人口ぶり、これはある程度わかっていたつもりですが、それでも江戸の町ごとに人口密度が異なっている様子、新開地では結構、ゆったりした田舎風の佇まいであったことが、江戸の街奉行所の調査であきらかになったことを解説し、説得力があります。
江戸の商業では庶民の暮らしを支える燃料を扱う炭薪仲買屋と舂米屋が2大業種であったこと。商売について血縁相続は少数派で譲渡、新規開業が主流であったこと。新陳代謝が激しく店の継続年数は短かったこと。江戸の全域に均等に分布立地する全域型商業と、特定の箇所に集積立地する付加価値の高い都心型、特化型の3類型があったことなど、目から鱗の江戸の商人像、商業像が数量分析に基づいて、鮮やかに描き出されています。
あらためて知ったのですが、近世江戸では行政文書がちゃんと整備されており、歴史分析に使える、人口統計、資料が数多く存在していたこと、その意味で、江戸の統治システム、行政システムが長年にわたって蓄積されていたことに感心しました。
文章も巧みで、時折のユーモアも交え、歴史小説を読んでいる気分にさせてくれます。知的興奮を誘う本です。