都市プランナーの雑読記-その90/塩川伸明『民族とネイション-ナショナリズムという難問』

都市プランナーの雑読記 その90

塩川 伸明『民族とネイション-ナショナリズムという難問』岩波新書、2008.11(2015)

2025年1月16日
大  村 謙二郎

 この人の存在はネットで知った。自分のホームページに研究ノートやいろいろな形で発表した論説を多く掲載していて、膨大な量だ。ロシア現代史、比較政治史が専攻の人で私とほぼ同じ世代の人で、全共闘運動に関わっていた人のようだ。ソ連に関する専門書、大著を刊行している人だが、専門書は読んだことはない。
 今回のウクライナ戦争(こういった呼称が正しいのか、はっきりしないが)であらためて、「民族」「エスニシティティ」「ネイション」「ナショナリズム」という言葉が何を意味しているのか、同じような外見の人々があれほどまでに憎み合い、殺戮を繰り返すのか、何とも理解できない思いにとらわれた。本書は小著だがこういった問題をどう考えて良いのか、すっきり正解の出ない問題のひろがり、深さを多少は知ることの出来る本として読んだ。
 本書は5章構成である。
 1章では「概念と用語法」と題して、エスニシティ・民族・国民という用語の意味することについて整理を試みている。要ははっきりした区切りを設定することは難しく、民族と言ってもどう定義づけるかは恣意性と固定性が存在していることなどを説いている。
 2章以降は歴史的に民族、ナショナリズムがどう形成されてきたかについて論じている。
 2章は「国民国家」の誕生について、ヨーロッパにおける原型の誕生、帝国の再編と諸民族、アメリカなどの新大陸における新しいネイションの誕生、東アジアにおける国民国家が西欧との遭遇の衝撃の中で生まれてきた経緯を描いている。
 3章は世界戦争の衝撃の中で生まれてきた民族自決論がどのような帰結をたどったかを論じている。第一次大戦の結果、ナショナリズムの世界的広がりが生じたこと(1節)、戦間期の中東欧の動き(2節)、実験国家ソ連(3節)、第二次大戦後の植民地の独立(4節)、「自立型」社会主義の模索(5節)を扱っている。
 4章は、冷戦後の世界を扱っている。グローバル化・ボーダレス化の中での新たな難問状況(1節)、再度の民族自決(2節)、歴史問題の再燃(3節)を論じている。
 5章は全体のまとめとして、難問としてのナショナリズムと題して、やや抽象的、一般的、包括的にナショナリズム問題を論じており、この問題の難しさを確認していている。まず、ナショナリズムを全面肯定、全面否定できることの出来ない微妙な要素を抱える、評価の微妙さ(1節)を論じた後、「シヴィック・ナショナリズム?」という、西欧知識人が主張しているこの概念を吟味して疑問を整理し(2節)、最期にナショナリズムを飼い慣らせるかという問題提起と考察を行っている(3節)。
 この人はソ連、周辺諸国をフィールドとして政治史、歴史を専門的に長年研究しているが、この書では、塩川の専門領域を超えて、多くの関連分野の文献、渉猟しながら、この問題を広い歴史的視野の下で論じている。小著だが、読み応えがあり、再読を誘う書だ。