都市プランナーの雑読記 その83
アーナルデュル・インドリダソン/柳沢由実子訳『緑衣の女』創元推理文庫、2016.7
アーナルデュル・インドリダソン/柳沢由実子訳『声』創元推理文庫、2018.01
2024年9月24日
大 村 謙二郎
インドリダソンの第1作『湿地』を面白く読んだ記憶があります。
だいぶん時間があいたのですが、第2作、第3作を読みました。北の孤島国家で人口小国(人口わずか33万人で、北海道ほどの大きさ)アイスランドを舞台にした北欧ミステリーです。訳者の柳沢さんはスエーデン語に翻訳された原作から、翻訳したとの事だが、達意の翻訳で、翻訳とは意識しないなめらかな文体に仕上がっている。
『緑衣の女』では、レイキャビック郊外のかつてはサマーハウスがあった、現在の新興住宅地から人の骨が見つかったことから事件が始まる。ドメスティックバイオレンスを背景に、第2次大戦時にここに駐留した米軍兵士が関わるなど、事件の深い事情が謎解きの背景にある。
主人公はさえない中年男の警察犯罪捜査官エーレンデュルとその同僚、エリンボルク、シクデュル=オーリーが第1作『湿地』と同様に登場する。事件捜査と並行して、エーレンデュルの娘で麻薬に溺れ、妊娠しているが自堕落な生活をおくっている、エヴァ=リンドが絡んでくる。この程度の人口規模の国なのだが、科学的捜査をする機関、スタッフ、機器が揃っていることも驚異だし、小さな国にもそれ特有の歴史があること、さらに、孤立した国だけど、国際的な人の動きがあったことなどが描かれている。
結構重いテーマだし、何とも救いや出口が見出せない状況は、北国の暗鬱な気候風土を連想させ、読んでいて、滅入るが、それでもストーリーの面白さに引き込まれて読んでしまった。
『声』は、小さいときのボーイソプラノの美声で将来を嘱望されていた天才少年がふとしたきっかけで挫折した事件を背景に、その少年が成長して、レイキャビック第二のホテルのドアマンをして、便利屋的な役割で、クリスマスのサンタクロースの扮装をしていた状態で、ホテルの地下室で殺されている現場から事件が始まる。
被害者の人間関係、ホテルの内情などが捜査の中で少しずつ浮かび上がっていくが、おなじみのエーレンデュルとその仲間がいろいろ、右往左往しながら、少しずつ事件解明にあたっていく。
小さな国にもいろいろな物語、事件の種があることが、やや重苦しい文体で描かれていく。途中でエーレンデュルのトラウマとなった、小さいときの雪山での遭難と弟を救えなかった痛みが彼の心の傷となっていて、それが今でも尾を引いていることが徐々に明らかにされていく。今回もなんだか、悲しい結末なのだがストーリーとしては面白かった。
北欧ミステリーはこちらの偏見かも知れませんが、厳しい気候条件等から、どことなくメランコリックな雰囲気を感じ、気分が落ち込んでいるときにこの手の小説を読むのは結構つらいものがありますがそれでも惹きつけられます。小さな国であっても複雑な人間関係、歴史、文化が存在し、それが時間、空間を超えてつながっている様子を知ることが出来るのは興味深いです。世界各国の小説を日本語で読める、翻訳大国日本のありがたさをしみじみ感じます。