大村謙二郎「都市プランナーの雑読記-その64/施光恒(Se Teruhisa)『英語化は愚民化 日本の国力が地に落ちる』」

都市プランナーの雑読記 その64

施光恒(Se Teruhisa)『英語化は愚民化 日本の国力が地に落ちる』集英社新書、2015.07

2023年10月10日
大  村 謙 二 郎

 近年の国や文部科学省の政策ではビジネスに役立つ理工系学問や経営、経済学は重視するが、人文系学問は役に立たないから、削減、消滅させるような動きが出ているとか、全く呆れてものが言えない状況が進行しているとつくづく思っていました。
 また、早期の英語教育の推進や大学での授業をすべて英語でおこなうことなど、おいおい、この国はどうなっているのかと慨嘆していたのですが。この書は、この間進められている英語化がいかに日本の国力を衰退させるか、社会を分断させることにつながるかを論理的にいろいろな例証をおこないつつ明晰に論じた本で、この間の英語化推進政策のいかがわしさを感じていたものとしては、スッキリその弊害、危険性、問題点を明らかにしてくれた本で、著者の施さんの主張に共感するところ大でした。
 この書で知ったのですが、2014年8月、内閣官房管轄下のクールジャパンムーブメント推進会議が「公用語を英語とする英語特区をつくる」という提言を発表したそうです。英語特区では日本語の使用が禁じられるとか、一体この国はどこの国の植民地となったのか。いくつかの日本企業では率先して、社内での公用語を英語としているとか。
 明治政府が不平等条約でつくられた外国人居留区の特権を取り払うためにいかに苦労したかを考えると、英語特区を推進するという提言は何を考えているのか、ぼう然、唖然、慄然、悄然等の言葉をいくつ書き連ねても言い尽くせない、やるせなさ、怒りすら感じます。この書が刊行されてから、10年近くがたちますが、学校教育、企業社会で英語優先の風潮はますます強まる一方で、本当にどうなっているのかと思います。
 大学でのキャリアアップでは、英語論文があること、しかもインパクトファクターの高い学術誌に発表されることが重要な要件になっているようです。ある専門分野には当てはまることと思いますが、すべての分野に通用する論理とは思えません。都市計画の分野でも英語で発表することの意味がある論文が存在するのは認めますが、きわめて地域性高い調査研究や実践性の高い論説があり、これを果たして英語で発表することがどこまで意義があるのか、大いに疑問です。
 明治時代に後の文部大臣となった森有礼が英語公用化論を主張したのですが、福澤諭吉、漱石をはじめ当時の明治の知識人、文化人がこぞって反対して、さいわい、森の暴論は葬り去られたのですが、それが100数十年の現代に甦るとは。
 施さんが力説されており、全くその通りと思うのですが、あらゆる学術分野において、日本語の教科書、専門書が揃っており、日本語で専門用語、学術用語が充実し、思考し、大学、学会で議論できることなどの、いまでは当たり前だと思っていることや、非英語圏である日本が先進諸国の仲間入りできたのは、明治以来、英語をはじめ欧米諸国の言語を翻訳し、土着化してきた先人達の営々たる知的努力に負うところが大なのです。さらに言えば、明治時代の初期の大学校ではまともな日本語の教科書がなく、教師もお雇い外国人であり、学生達は英語の授業を無理に受けさせられていたのです。
 あらゆる国々の文学をその国の言葉を理解できなくても日本語で読むことができるありがたさ、日本語でそれぞれの国の文化、歴史、制度を理解できることのありがたさを平然と蔑ろにする、英語化政策はどう考えてもありえない政策だと思います。
施さんが主張しているのは、何も英語を排斥する、あるいは他の国の言語を学ぶことを排斥するのではなく、日本語の能力も身につかない、日本語で読み、書き、思考することがしっかりできないままに、英語を強制的に早期の教えることの危険性、愚かしさです。
 また、社会人になっても、英語を母語として育ってきた人と無理に張り合うために英語負荷をかけることの愚かしさです。
 グローバリゼーションは必然であり、英語共用語化かは逆らえない流れだというのは愚かな虚妄であるとの、施さんの説得力ある主張に大いに賛成です。
 施さんは、保守派の論客だと言うことですが、保守であるか、左翼であるかと言った色分けの話しではなく、愚かな政策に対して、ちゃんとした主張を、説得力を持って論じることがきわめて大切だと思います。施さんのこの書によって、このところのもやもやした考えがスッキリしました。
 施さんの祖父は台湾の方で戦前の日本統治下の台湾から内地に留学され中央大学で学ばれたそうです。戦時下の日本はアジアからの留学生を受け入れ、非西欧圏の国がいかに近代化に邁進しているかを示していたようです。
 施さんは現在、九州大学で政治学を教えていますが、イギリスのシェフィールド大学に留学された経験もお持ちで、当然英語は堪能なはずです。