大村謙二郎「都市プランナーの雑読記その57/デイヴィッド・ハルバースタム『ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争』上下」

都市プランナーの雑読記その57

デイヴィッド・ハルバースタム『ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争』上下、文春文庫、2012.08

2023年3月31日
大 村 謙 二 郎

アメリカを代表するジャーナリストの遺作となった本です。彼の本は、ベトナム戦争の過程を克明に批判的に扱った「ベスト&ブライテスト」が何よりも有名で、私もずいぶん前に興奮して読みました。でも、私にとってとりわけ面白かったのはフォードと日産の日米自動車産業の盛衰を扱った「覇者の驕り」です。綿密な取材に基づいて、日米の代表的な自動車業がどういった経緯で盛衰をたどっていくのか、特に人や組織の関わりを描写しており、その記述ぶりに感心しました。
朝鮮戦争については現在の南北朝鮮半島の分断の歴史につながっていること、戦後の日本経済は朝鮮戦争を奇貨として復興、成長過程にはいったのだという程度のことしか知りませんでした。
ハルバースタムは、アメリカでも忘れられた戦争のおもむきか強い朝鮮戦争を真正面から取り上げ、その後のベトナム戦争、イラク戦争につながるような出来事、考え方がすでに朝鮮戦争で起きていたことを膨大な人々へのインタビュー、資料の読み込みから、具体的に明らかにしています。
この朝鮮戦争では多くの見込み違い、誤算が重なって膠着状態の結果、いまだに続く休戦状態になったことが明らかにされています。
当初は金日成の冒険主義的な韓国への侵略について、スターリンがアメリカは参戦しないであろうという見込みで、金日成の行動を黙認したことに始まります。一方のアメリカ、特に朝鮮戦争の総司令官になったマッカーサーが中国は参戦しないであろうこと、また楽観的な見通しの下に短期間に朝鮮半島全域を制覇できるだろうとの見通し。毛沢東のアメリカに対する優位に立てるとの誤算。こういった経緯がこの戦争に関わった多くの軍人、将校、下士官の証言などを通じて明らかにされています。
また、各地での戦争の生々しい実態が明らかにされています。
特にこの書では、マッカーサーの頑迷固陋ぶり、独善的対応とそれに追従する部下たちの様子がビビッドに描かれており、この戦争の実態、内幕を知らなかったものには大変新鮮でした。
現在でも安易に、北朝鮮への軍事行動等を吹聴している人々がいかに過酷な戦争の歴史を知らないのかと強く思いました。
ハルバースタムは10年がかりでまとめた草稿を何度も見なおして最後の手を入れて完成させた5日後の2007年4月、カリフォルニア州で起きた交通事故で亡くなったそうです。73歳でした。次の作品のためのインタビューに向かう途中だったそうです。ハルバースタムはなくなる前に、出版社に対して、「これが私の生涯の最高の著作である」といっていたそうですがその言葉に相応しい、読みごたえのあるノンフィクションであり、現代、あるいはこれから起こりえる戦争に対しても大きな示唆を与えてくれる著作だと思います。
ウクライナ戦争(?)の行方が見通せない状況下で、こういった戦争の記憶、記録をちゃんと残すノンフィクションの役割は重要だなとあらためて思います。