弁護士小澤英明「資産運用―アルゲリッチ頌―」

資産運用 ― アルゲリッチ頌 ―

2023年1月19日
小 澤 英 明

 50代半ばだったか、大学のクラスメート数人との飲み会になると、そろそろ老後が気になるころで、年金とか資産運用とかの話になることが多かった。私は、年金も国民年金であり、資産運用も、自宅の土地建物に収入をつぎ込むという、金持ち父さんには、「あんた、馬鹿じゃないの?」と言われる、資産運用とも言えないことしかしていなかった。金持ち父さんに言わせれば、収入を生み出さないものに資金をつぎ込むほど馬鹿はいないのであって、自宅にお金をつぎ込むのは愚の骨頂なのである。賢明な友人たちは、既にいろいろ頭をつかって資産運用をしていたようだったが、私は西村あさひに在籍していたので、インサイダー防止のため、株取引は禁じられていて、新聞の株価欄にも関心がなかった。友人たちの熱心な話の輪に加われず、「オレは一生働くしかないかも。」と漏らしたら、友人Aが「それができるならそれが一番いいんだよ」と言ってくれた。
 「金持ち父さん貧乏父さん」というのは、1997年に出版されたロバート・キヨサキ(1947―)のある意味での、名著である。金持ちになる人は、こう考えて、こう行動するのかと思って興味深く読んだ。多分、40代半ばに読んだ。そこでは、競売物件を購入して、手を加えて収益物件にするのが、賢い投資方法として推奨されていた。不動産法の勉強になると自分に言い訳しつつ、ある日、東京地裁に行って、不動産競売のいわゆる三点セットをいくつか見たことがある。そのうちの一つに赤坂の赤レンガのマンションの一室があり、どうしてもそれがほしくなって、現地に足を運んで、雨の中遠くから見た。しかし、入札する度胸もなかった。親しい不動産仲介業のBさんに、そのことを話すと、「先生、そんなことやめた方がいいですよ。仕事に身が入らなくなるから。」と諭された。投資家をめざすならば、ロバート・キヨサキの本は名著なのだが、弁護士の道を進むには禁断の実なのである。
 先日、勤務している財団で資産運用を担当させられることになった友人のCから、「誰か資産運用に詳しい人を紹介してくれないか」と言われた。「Dに聞いてみたらいいじゃないか」と答えた。Dは信託銀行に長年勤務していたし、ファイナンシャル・アドバイザーの資格もある。Cは、Dにすでに聞いていたらしかった。しかし、「資産運用担当者の心得は、上司にいかに説明できるかなんだよ」といなされたようで、これでは確かに役に立たない。
 ユーチューブでマルタ・アルゲリッチ(1941―)の姿を見ると、いつも感心する。とんでもない天才だけれど、老いてぱさぱさの白髪になっても自分の道を歩み続けている。若いころは、自由奔放で、じゃじゃ馬(つやつやした黒毛)の綺麗なお姉さんの印象しかなく、とてもこつこつ努力する人には見えなかった。しかし、70歳を過ぎてもすばらしい演奏を続けている。練習しないで、あんなにすばらしい演奏できるわけはないから、「どれだけ練習しているの?」と思うのである。ただ、アルゲリッチお姉さまは、どう見ても、こつこつ努力しているわけではないだろう。好きでやっているとしか思えない。聞けば、「好きで毎日バリバリ弾いているわよ」なんて笑って答えてくれそうである。持って生まれたものを活かすことこそ資産運用の王道だな。アルゲリッチを見るとそう思う。

BWV826 を弾くアルゲリッチ