弁護士小澤英明「徳冨蘆花『思出の記』」

徳冨蘆花『思出の記』 (2025年2月)

2025年2月7日
小 澤 英 明

 先月から徳冨蘆花(1868-1927)の「思出の記」を読んでいる。毎日、一区切りずつ味わって読んでいるので、まだ半分ほどしか読めてないが、面白い。最初、蘆花の自伝なのかと誤解して読み始めたが、すぐにフィクションであることがわかった。蘆花の家族についての私の知識とは違っていたからである。もっとも、蘆花の経験が下敷きにあるので、リアリティがあるわけだし、明治時代の話なので、こちらも何がリアルなのかよくわからないし、独白体の記述なので、すべて事実のように錯覚して読み進むことができる。まだ主人公の菊池慎太郎が神戸のキリスト教系の学校にいるところまでしか読んでいないが、その18歳頃までの主人公の心の動きが一つ一つ共感できる。
 慎太郎が11歳の春、父親が製糸事業に失敗し、秋に死亡する。慎太郎と母親は、貧困の境遇に突き落とされ、零落の身となる。そうなると、慎太郎は周囲から急に見下される。そのうち、慎太郎は「下流」の仲間入りをし、言葉遣いも下卑てきて、つい嘘もつく、自堕落になり、やけになって、小学校で落第という事態になる。士族の妻のプライド高い母親は我慢がならない。慎太郎を先祖の墓まで連れてゆく。そこで、母親が、慎太郎をひとかどの人間にしようと思っていたのに、もう諦めた、と言って、オマエを殺してワタシも死ぬから、と言って、「慎太郎、さあ御死に、此短刀で御死に。卑怯者、さあ死なんか。」と迫る。このあたりの筆の運びはすごいもので、明治時代は、このようなこともあったかもしれないと思わせる。ここで、慎太郎は立ち直る。その後の展開も目まぐるしい。ここでは筋を追うことはしないが、蘆花が何を大事に思っていたかがわかる展開である。「丈夫人を恃むなかれ」という精神が行動の基本にある。
 小説の中にはヨーロッパのすぐれた文人の名前もさまざまに出てくる。神戸の学校の同級生で、一番の秀才の矢吹君が自殺するのだが、その矢吹君が英語の詩集の「グレーの墓畔」を読んでいたとある。「グレーの墓畔」?調べると、グレーとは、Thomas Gray (1716-1771)のことである。「田舎の墓畔の哀歌」という詩が有名なので、それを読んでいたということであろう。このような小説の一片からも、明治時代、若者は、多くの外国の文化を吸収しようとしていたことがわかる。さらに調べると、この詩には、植物学者で詩人でもあった矢田部良吉の訳が1882年には出ていたことを知った。その訳がなかなかいい。「山々かすみいりあひの/鐘はなりつつ野の牛は/徐(しずか)に歩み帰りゆく/耕へす人もうちつかれ/やうやく去りて余(われ)ひとり/たそがれ時に残りけり」
 女性に対する見方がよく現れているくだりもところどころにあり面白い。神戸の学校で、慎太郎の一級上の曽根君が美しい教養ある女性のとりこになり、その女性と恋文もやり取りしていたにも関わらず、英国帰りの給料も十分な官吏の隅谷という文学士が現れるや、その女性に振られてしまう。このあたりの筆力がすごい。ある会合において、文献の一句の解釈で、曽根と隅谷が対立するのだが、そこで、隅谷が「頭脳が違えば解釈も違う。もう議論はよしたまへ。」と言って、「にやり笑って、隅谷氏は金子女史とちらり眼を見あはせた。実に瞬間の事であつたが、たちまち曽根君は身震ひして躍り上がり、隅谷を突き倒して、二三回踏みにぢった。」とある。暴力事件である。慎太郎は、曽根を自宅の母親の元に届ける。事態を把握した母親の言葉がすごい。あんな子はいけない、お母さんがなん度も言っただろう、しかし、お前が聞かないものだから、と言って、「ご覧な、御顔はお奇麗でもあの腐つた魂が卿(おまへ)の目にもお見へか」と言う。実にすごい言葉である。
 慎太郎のお母さんや曽根のお母さんの気性の激しい言葉を読むと、明治時代の女性の強さばかりが目立つが、この小説には、優しい女性に対する印象深い表現もいくつもある。そのうちのひとつは、友人の松村君のお母さんについてのものである。貧乏な人や乞食に対する優しい言動が紹介され、そのお母さんの手が加わった物にはどれも一種の「グレース」が現れていると、表現されている。グレースとは、graceのことだが、魅力ある女性の表現として、これ以上のものはないかもしれない。