弁護士小澤英明「伊東静雄」

伊東静雄(2023年6月)

2023年6月29日
小 澤 英 明

 34歳でニューヨークのコロンビア・ロー・スクールのLLMコースに留学した。渡米したのが1990年で帰国したのが1992年。1990年と言うと、ピンとくる人も多いと思うが、日本の不動産バブルの頂点がその10月だった。株式相場はその年の初めころがピークだったようだが、7月に日本を発ったとき、日本はバブル景気に酔っていた。私も、アメリカ不動産法を勉強して将来の仕事に役立てたいと思っていたのだが、帰国して最初に頼まれたセミナーが、アメリカの不動産投資からの撤退というテーマで、浦島太郎的な気分を味わったものである
 日本を出発する際は、そんなことなどわからず、アメリカでは日本の本はできるだけ読まず、英語漬けになろうと殊勝な気持もあった。しかし、ニューヨークのロックフェラーセンターには紀伊国屋書店があり、これが日本への郷愁をかきたてる本をそろえているものだから、初心がたちどころにどこかに消えた。むしろ、今思えば、留学していた2年間ほど純粋に日本らしい日本の書物にひたったことはないかもしれない。コロンビア大学の図書館には日本文学の本が揃っていた。7歳、5歳、3歳という子供3人をかかえての留学だったので、ニュージャージー州フォートリーの自宅に帰ると、家中を走り回る子供たちの中では勉強できなかった。そのため、大学の図書館で勉強することが多かったが、息抜きに日本文学の本を読んでいたら、いつのまにか引き込まれ、そこで初めて日本の私小説家の多くを知ることになった。しかし、熱中したのは、私小説ではなくて、日本の詩だった。
 特に熱中したのは、伊東静雄(1906-1953)。中学の教科書で「燕」という詩を読んだ記憶はあったが、それほど意識してはいなかった。しかし、伊東静雄が長崎県諫早市の出身であり、私も長崎県出身という同郷の思いから、興味をもって読み進むと、いつのまにかすっかりファンになっていた。伊東静雄を核に、萩原朔太郎とか、三好達治とか、佐藤春夫とか、室生犀星とか、戦前戦後の著名な日本の詩人の詩をいくつもむさぼるように読んでいった。英語からの逃げだったように今は感じられるが、現代詩読本「伊東静雄」(思潮社)は、当時の私のバイブルで、何度も読み返した。自分の好きな詩が評価されているとうれしかった。この本にニューヨークで出会えたことは幸運だったと思う。
 先日、梅雨に入って、今は介護施設に入っている父が4年前に庭に植えた南高梅の実が大きくなったのを見て(写真参照)、ふと、伊東静雄を思った。なぜ、思ったのかわからないが、「小さい手帖から」という詩集の中に、せせらぎのホタルを見る情景があったはずと、久しぶりに「伊東静雄」読本を開いた。「ながれの底に幾つもの星の数/ なにを考へてあるいてゐたのか/ 野の空の星をわが目は見てゐなかった/ あゝ今夜水の面はにぎやかだ/ 蛍までがもう幼くあそんでゐて/ 星の影にまじつて/ 揺れる光も/ うごく星のやう/ こんな景色を見入る自分を/ どう解いていゝかもわからずに/ しばらくそこに/ 五月の夜のくらい水べに踞んでいた」 写真の梅は6月13日のもの。その数日後、少し黄色くなった実がいくつか地表に落ちていた。