都市プランナーの雑読記-その39
谷口ジロー『いざなうもの』小学館、2017.12
2021年12月21日
大 村 謙 二 郎
人並み程度にはマンガ好きの漫画少年・青年でした。大学時代は下宿していた本郷の落第横丁に貸本屋があり、いろいろな作家の劇画、マンガ、少女マンガなどをせっせと読んだりしていました。何時の頃からははっきりしませんが、マンガ週刊誌、月刊誌に目を通すことがなくなり、現代の流行のマンガ作家、漫画作品にはまったくついていけません。孫が今年の春休みにわが家にやってきて、「鬼滅の刃」を貸してくれたのですが、その面白さはまったくわからず、全巻通読はギブアップした次第です。マンガ体力が減退していることは確かなようですが。
コロナ禍であまり都心に出ることはなくなったのですが、久しぶりに池袋に行ったときにジュンク堂書店に立ち寄りました。1階の特設コーナーに谷口ジロー関係の本が並べられていました。
谷口は私と同じ年の生まれで、フランスをはじめ、外国で彼の作品は翻訳されて、高い評価を受けているということを知りました。
そういった次第で、特設棚にある雑誌「東京人」の谷口ジロー特集と谷口の死を悼んで刊行され、未発表絶筆が収められている「いざなうもの」を購入しました。
雨でテニスに行けなくなった日曜日に「東京人」に収められた、論説などをパラパラ読み(まだ、全ては読み通していませんが)、「いざなうもの」を読みました。
谷口ジローの熱心な読者でないし、その名前を知ったのも関川夏央原作・谷口ジロー画の『「坊ちゃん」の時代』を読んで、原作とマッチした、何とも精密でのびやかな画風の画を書く人だと感心したのは、比較的に最近のことです。また、これもたまたま、何かで評判となっていたのを知って、購入した夢枕獏原作の『神々の山嶺』を読んで、この人の圧倒的な画力に感嘆した記憶があります。
谷口ジローは1947年鳥取県の生まれというから、私と同じ年ですが、2017年2月に69歳で亡くなりました。高校を卒業して、一度京都の繊維会社に勤めたが、漫画家を志し、上京し石川球太、上村一夫のアシスタントなり、漫画家になる修業をしたとのことです。
2000年代にはいり、彼の作品が外国に紹介されるようになり、とりわけ、フランスで大変な人気となり、国際的に著名な漫画家となり、彼の作品はスペイン、イタリア、ドイツ、ポーランドなどでも翻訳、刊行され高い評価を受けているようです。
本書「いざなうもの」は谷口の作品を多く出版していた小学館が彼の死を悼んで出版したもので、未発表絶筆「いざなうもの その壱 花火(原作:内田百閒「冥途」)を含む作品集をまとめて、刊行したものです。
どれも味わいのある作品が収録されていますが私には特に「魔法の山」(前編、後編)が面白く、感動的でした。著者、谷口の育った鳥取がモデルらしいですが、城下町T市での出来事という形で物語が展開されています。
昭和42年の夏で、小学校5年の健一とそれより、2,3歳年下の咲子は母と祖父母と暮らしています。父親は事故で数年前になくなっているらしい。母親の具合が悪く、大阪の病院で手術を受けることになりました。どうやら、相当悪く、健一もなんとなく、その不安を感じています。
夏休み、市街地のどこからも見える城山で健一は遊び、不思議な洞穴を発見しますが、こわくて奥まで入っていけません。別の日に健一が城山に一人で向かうと雨が降り出し、古い洋館の郷土博物館に入りこみました。そこで不思議な経験をすることになります。そこにいる、サンショウオが健一に話しかけ、いろいろ会話をするのです。その後、何度か、博物館を訪ねた健一はサンショウオに自分を救い出し、城山まで連れて行ってくれという願いを告げられます。そうすれば、何でも願いを叶えてやると打ち明けられます。
健一は咲子にこの不思議な体験を話し、博物館が休みの時にそっと二人で忍び込みます。咲子もサンショウオと話が出来たのです。なんとか、苦労して、城山までサンショウオを運び、さらに洞窟の中に二人はサンショウオを運び込みます。洞窟は迷路のようになっていて、何度も健一は怯みますが、咲子の励まし、叱咤を受けながら、奥に入っていくと大きな池があり、そこに数百年にわたって、この城山を守ってきたサンショウオの主がいました。健一、咲子が救い出したサンショウオはその末裔で、彼が戻ることによって、城山の零が守られていくことになるのです。
その後、なんとか、洞窟から抜け出した二人は不思議な体験をします。亡くなった父と再会し、一緒に母親が入院している病院に行くのです。母は再会をよろこびます。夢のような出来事であり、母を見舞った祖父はそのことはまったく知りません。
その後、母親は奇跡的に回復し、T市の実家に戻り、平穏な生活が再開されます。中学に進学した健一はサンショウオと話す能力は失せたようですが、城山がいまでも町のシンボルとして、残っていることに安堵感を覚ます。
少年時代の不思議な体験、町のシンボルである城山をめぐる不思議な物語ですが、谷口の精密な風景描写と相まって、感動的な漫画物語だと感じました。谷口ジローの作品は何度もよみかえしたくなる、不思議な魅力を備えていると思います。絵の力だと思いますが、画風、ストーリーともに国境、文化を超えて感動をもたらす、普遍性があることが彼の国際的評価につながっているのだと思います。
世田谷文学館で2022年2月まで「描く人 谷口ジロー展」が開催されています。先日この展覧会に行ってきました。原画を見ることによって、谷口ジローがいかに手間ひま、時間をかけて、職人仕事的に画を作成していたかが手に取るようにわかり、感銘しました。