都市プランナーの雑読記 その66
谷口ジロー『遙かな町へ』小学館、2005.1(2007.2第2刷)
2023年11月15日
大 村 謙 二 郎
腰帯の宣伝文句にこの作品が、フランス、イタリア、スペインのコミックフェスティバルで大賞を受賞したことが記されている。本書はヨーロッパで著名な漫画家として谷口が高く評価されることになった作品とのことだ。この作品は1998年に雑誌「ビックコミックス・スペシャル」に連載されたものだ。
作品の主人公は48歳の中年男で、自宅で建築設計事務所を経営している中原博史である。京都への出張の帰り、電車を間違えたのか、自分の生まれ育った故郷への電車に乗ってそこまでたどり着く。久しぶりの故郷で亡くなった母親の墓参をしていると、急に意識を失い、目覚めると中学2年生の14歳の姿に変貌している。タイムスリップをしたようで、フラフラ歩いて行くと、自分の父、母がいる家にたどり着く。そこには14歳の自分と妹の京子、母、祖母、洋服の仕立屋をやっている父の家族が存在していた。しかし、14歳に戻った博史は、48歳の自分の記憶も保持している。そして、彼はその年の夏、8月末に父が失踪することを知っており、それをなんとか変えられないかとあがく。
一方で中学生活をおくる中原は急に優等生となり、同学年の美少女と仲良くなる。また、将来作家となる悪友、島田ともつきあうという、中学生活を謳歌することになる。
谷口の生まれ故郷を思わせる鳥取の地方都市での中学生の生活、時折見せる48歳の姿が交じり合い、面白い筋立てになっている。家族の秘密、なぜ、母と父が結婚したかなどの謎が少しずつ解明されていく筋立てとなっている。結局、父の失踪は止められなかったこと、それを予期していた母とその後、息子の博史、娘の京子はそれぞれパートナーを見つけ巣立っていくのだが、中原が結婚して、まもなく、母は48歳の若さでなくなっていった。
山陰の地方都市でのある一家の生活史の中に、第二次大戦の傷痕が残っていたことを示すとともに、ちょうど私と同世代の中原の1960年代前半の生活がきめ細かく、情感豊かに描かれており、感動をさそう作品となっている。SF仕立ての筋立てですが、精密で情感のこもった画風といい、なんとも味わい深い作品です。
モデル都市は鳥取と思われる。戦後、鳥取大火で市街地の多くが焼失し、復興の過程で街並みが変わっていった様子も描写され、戦後の地方都市の発展を追想できる点でも興味深い作品になっています。