「若い頃わからなかったこと」弁護士小澤英明

若い頃わからなかったこと(2022年12月)

2022年12月21日
小 澤 英 明

 若い頃わからなかったことはいろいろある。そのひとつに、イギリスは大人の国だ、という場合の「大人」の意味があった。また、保守と革新といった対立構造で、革新を選ばない理由がわからなかった。さらに、「正義を声高に叫ぶ人たち」といった、正義を議論する人に冷や水をかぶせることもわからなかった。
 小学校の頃だが、共産党の人気がないことがわからなかったことがある。選挙で共産党候補者の人気があまりにないので、共産党とは何かを風呂で母親に聞いたことがある。母親と一緒に風呂に入るころだから、小学校1年生か2年生頃だと思う。たくさん働いた人も少ししか働かなかった人も同じような給料をもらうような社会がいいと言っている人たちとか、正確には覚えていないが、そのような母親の解説があった。そのころ、同じクラスのかわいくて性格もいい女の子が算数のテストで20点をもらったのを何かの拍子に見てしまったことがあった。能力ある人がたくさん仕事をできるのは当然だが、仕事ができないからと言って少ししかもらえないのもおかしいような気がして、母親の共産党の解説を聞きながら、そこのどこがそんなに悪いんだろうと思ったことがある。
 保守と革新とか、「正義を声高に叫ぶ人たち」の問題は、もっと複雑だが、これは、人間の本性がわからないと、わからない。何十年も世の中を生きてみて、自分のわがままや勝手さ加減を自覚しないとわからない。自分のことはわかりにくいが、人のあらは目立つもので、偉そうなことを言っていて、拍子抜けするくらい勝手な人がいくらもいることは年齢を重ねてわかった。保守は日本ではダーティなイメージを着せられている気がするが、私の経験では、革新とか「正義を声高に叫ぶ人たち」の中に、このような勝手な人が案外多いものである。古くからのものには、頭ごなしの権威的な物言いや、迷信や因習など、いやなものもたくさんあるが、愛情や礼儀など素朴な人間性に宿す貴重なものも少なくない。善良な人の多くは、昔からの日々の生活を大切に思い、つつましやかに生きているのではないか。
 弁護士の仕事はわかりにくい。無実をはらすことはわかりやすい。悪い人、犯人の弁護をすることは少しわかりにくい。一番わかりにくいのは、民事事件での弁護士の役割かもしれない。あるときはこう言いながら、あるときはああ言う、お前の意見は一体何なんだという疑問である。二枚舌を使う人は、個人としては、とても尊敬できないのだが、弁護士ならば違うのか。ひとつの答えは、世の中は、異なる意見をぶつけあうことで、良い方向に進むということである。弁護士は、依頼者のためだけを考えて議論する。それは、ミクロに見るとあさましくも見えるが、社会全体にとっては重要な役割がある。人間は身勝手なもので、いろんな立場を代弁する弁護士は、つくづくこのことを思い知らされる。この人間の真実をごまかさないことが、本当の「大人」なのだろう。しかし、それは正義を忘れてよいということではない。正義感は失くしてはならない本能である。3歳の子にもある。正義感のない弁護士ほど、昔から物笑いの種にされる者はいない。中世のピエール・パトラン先生(中世フランスの小さな村の貧乏弁護士)のように、笑劇の主人公にもなる。