「環境と経済」顧問鷺坂長美

「環境と経済」

2018年9月4日
鷺 坂 長 美

 2001年に環境省に移ったころ、「これからは環境と経済の関係は両立ではなくて統合だ」という議論をよく耳にしました。「両立」とは別々のものを並び立たせるということであるのに対し、「統合」というと環境と経済はもはや別々のものとして捉えるのではなく、持続可能な社会を構築するためには切っても切れないものとして捉えるべき、ということのようでした。2000年に策定された第二次環境基本計画でも環境政策の基本的な考え方として、経済的測面、社会的側面、環境的側面を統合的にとらえた統合的アプローチの重要性を謳っています。
 環境と経済の関係については、1967年に制定された公害対策基本法には「生活環境の保全については、経済の健全な発展との調和がはかられるようにする」と規定されていました。いわゆる「経済調和条項」といわれるものです。ともすれば経済優先のような印象を与えていて、環境保全のための規制は経済活動の発展を阻害してはならないというような意見さえありました。環境関係者の評判は悪く、1970年の公害国会で経済調和条項は削除されています。
 1972年にストックホルムで開催された国連人間環境会議で「人間環境宣言」が取りまとめられ、その13原則で「各国は、開発計画の立案に当たり・・人間環境を保護し向上する必要性と開発が両立しうるよう、総合性を保ち、調整をとらなければならない」とされていいて、1992年のリオ宣言では開発と環境に関して「開発の権利は・・開発と環境の必要性を公平にみたす」(第3原則)とか、「環境保護は、開発過程の不可分の部分」(第4原則)という表現がその原則の中に盛り込まれています。
 2002年に小泉政権のもと環境大臣に鈴木俊一大臣が就任しますが、総理からの指示事項の一つに「環境と経済の両立」ということがありました。「統合」という表現の方がよかったのにとは思いましたが、早速、主に経済界の方に参加していただき、「環境と経済活動に関する懇談会」を立ち上げ、今後の政策の方向性等について議論していただきました。結論的には、環境と経済は切っても切れないということばかりではなく、環境をよくすることが経済を発展させ、経済が活性化することによって環境もよくなっていくという関係ではないか、環境と経済の好循環(正のスパイラル)を生み出していくことによって、環境と経済が一体となって向上する社会こそ21世紀のあるべき姿とされました。これは当時(2002年前後)の経済状況が供給面も需要面からも停滞し、デフレに苦しみ、それが経済にとって負のスパイラルを起こしているのとの認識があり、その反対という意味も含んでいたのかもしれません。
 「環境と経済の好循環」という表現は、さらに中央環境審議会の部会で一つの将来ビジョンとして発表されました(2004年)。HERB構想(健やかで美しく豊かな環境先進国、Healthy+Rich+BeautifulとEcology+Economyの頭文字を組み合わせたもの)といいます。「環境の価値を積極的に評価する市場が好循環の基盤である」など、今でも求められ通用するビジョンです。2006年の第三次環境基本計画には第二次の計画では全く使われていなかった「環境と経済の好循環」という表現が20か所程度も使われています。
 「環境と経済の好循環」という表現がその後どう使われているか、第四次と第五次の環境基本計画で調べてみましたら、ほとんど使われていません。第四次では3か所、第五次では地域経済の文脈で4か所です。もちろん文脈によりどういう表現をするか、ということはあるかもしれませんが、寂しい限りです。環境と経済のみならず、社会的側面を強調しているからかもしれません。または「経済の好循環」とか「地域経済の好循環」という表現は世の中に比較的受け入れ安いのに対し、環境と経済についてはまだまだそこまでの認識には至っていないのでしょうか。
 来年に向けての環境省の重点施策には「環境と成長の好循環」という表現が入っています。2003年の懇談会での「好循環」という表現がまた脚光をあびてくるのでしょうか。

(環境省 HERB構想のロゴマーク)