「放射性物質汚染対処特措法」
2019年3月18日
鷺 坂 長 美
環境省を退職したとき、記憶に残る仕事はなにか、とよく聞かれました。いろいろな職場を経験し、それぞれいろいろな思い出がありますが、放射性物質で汚染された一般の地域の除染をするという世界でも例を見ない作業にかかわれたことも一つ上げられます。
2011年3月11日に発生した地震と津波による東日本大震災に伴い東京電力福島第一発電所で事故が発生しました。核燃料の冷却に失敗し、炉心溶融を起こし、放射性物質が一般環境に飛散してしまったのです。チェルノブイリの原子力発電所の事故の例をみても、いずれ土壌汚染が問題になると想定されました。環境省では、農用地土壌汚染防止法という法律を所管していて、これは、カドミウム等に汚染された農用地を公共事業で改良していこうというものですが、今回もそういった枠組みがいるのではないか、と考えられました。
しかし、実は放射性物質の扱いに環境省はほとんどかかわっていなかったのです。環境基本法第13条では「放射性物質による大気の汚染、水質の汚濁及び土壌の汚染の防止のための措置については、原子力基本法その他の関係法律で定めるところによる」とされており、そのことを踏まえ、大気汚染防止法でも水質汚濁防止法でも放射性物質による汚染とその防止については適用しない、とされていました。廃棄物処理法や土壌汚染対策法でもその対象となる廃棄物や有害物質から放射性物質は除くとされていました。その時の環境汚染に環境省は手も足も出ないということです。
一方、当時、与野党、超党派の議員でこの原子力事故への対処のための議論をしていました。その場では放射性物質による環境汚染についても議論が行われていましたが、汚染された地域の除染をする枠組みを議員立法で制定しようということになり、環境省に相談がありました。事故から2月ぐらいたった5月ごろだったかと思います。
早速、政権与党の民主党と野党の自民党、公明党の議員からなる会合が開かれ、衆議院法制局と環境省でお手伝いをしながら協議が進められていきました。普通、内閣で法案を出そうということになれば、審議会に諮って議論をしたり、専門家や各界の関係者の意見を聞いたりして原案ができるまでに1年近くかかります。しかし、今回は大変スピーディに作業が進みます。議員の方々にもこの法律が是非必要だという共通認識があったからだと思います。各党の党内手続きが8月に行われました。国会の日程が8月31日までということになっていましたので、手続きに時間がかかると国会会期中に法律になりません。次の国会まで法律ができないとなれば除染作業も遅れてしまいます。大変心配しましたが、各党ともタイトな日程を無理して手続きを終えていただきました。こうしてまとめられた放射性物質汚染対処特措法は衆議院本会議が8月23日に、参議院本会議が8月26日に通過し、ぎりぎりの日程で8月30日に公布施行されました。
正式名称は「平成23年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う原子力発電所の事故により放出され放射性物質による環境の汚染に対処するための特別措置法」といいます。大変長い名前です。今回の事故に限っての法律になりますが、仕方ありません。環境省では早速9月にも「環境回復検討会」を立ち上げ、放射性物質関係の専門家の方々にも参画いただき、除染事業の進め方について検討していただきます。11月にはこの法律の基本方針が示され、除染等の基本的事項が示されます。12月には除染のガイドラインを定めます。除染区域等を調査してから本格的な除染は2012年1月からということになります。その前にモデル的に除染を実施してみようということで、自衛隊にお願いしたりしました。
除染する地域の地権者の同意を得ることや除染により出てきた汚染土壌等の仮置き場の確保など除染事業には関係者の多大のご苦労が伴ったと思います。環境省が直轄で除染する地域と市町村にお願いする地域に分けて作業が進められましたが、ともに2018年3月までに作業は完了しています。しかし、除染事業で出てきた土壌等の多くは現在も仮置き場に保管されていますので、今後はそれらの処理の段階に入ることになります。
(瓦屋根の除染 楢葉町)
(出展 環境省 除染アーカイブサイト http://josen.env.go.jp/archive/detail/?NH-01-P0001)