嬉野にて森正洋に出会う(2022年5月)
2022年5月10日
小 澤 英 明
早岐(ハイキ:佐世保市)で母の納骨式があったので、前日の4月29日、長崎空港に飛んだ。宿は嬉野(ウレシノ:佐賀県)の大正屋(吉村順三設計)を予約していた。チェックインまで時間があったので、まず、三川内(ミカワチ:佐世保市)に向かって、三川内焼美術館を訪ねた。古くからの陶磁器の里なので、多くの窯があり、数多くの作品が陳列されている。上品だが、伝統にしばられている印象を受けた。
宿に向かう途中に波佐見(ハサミ:長崎県)があるので、波佐見はどうかな、とネットで検索すると、その日が陶器市の初日だとわかった。これは幸運だと思いながら、嬉野までの片側1車線の道を車で進んで行くと、渋滞が始まり、人の数もしだいにすごいことになった。こんな田舎にこんなに人がと驚くばかりで、これは陶器市を楽しまねばなるまい、と中心から離れた駐車場に空きスペースを見つけて車を止め、歩いて引き返し、順に出店を見ていった。とても全部を見て回ることなどできない。波佐見焼は、もともと庶民向けの焼物で、有田焼や三川内焼のような伝統にしばられる制約は少ないだけに、安くて元気はあるが、何でもありの様相で、陳列されている焼物も玉石混交である。事前に十分下調べをして、窯の狙いを定めておくべきだったと後悔する。その日は、小雨混じりの肌寒い天気で、宿の温泉に早く入りたいという欲の方が勝ってしまって、一時間ほどで波佐見を後にした。
いい焼物は宿にも置いてあるはずで、宿で買えるという見込みもあった。三川内、波佐見、嬉野は、非常に近く、また、少し足を延ばせば、有田(佐賀県)もすぐである。小学校まで佐世保市に住んでいたが、こんなに焼物の里に近接していたとは、当時は知らなかった。大正屋に着き、まずは、小さい方の湯(滝の湯)に入り、鯉の動きをガラス越しに眺める。前日遅くまで、ある訴訟事件の陳述書ドラフトの作成に忙しかったことが嘘のようだ。湯から上がって、土産物売り場をのぞくと、予想どおり、波佐見焼、三川内焼、有田焼の焼物が並んでいる。その中に、すばらしく美しい碗の焼物(写真参照)が目に入ってきた。瑠璃色の釉も美しく、また、描かれている文様もいかにもおしゃれである。こんなお椀の焼物、見たことがなかった。そう思って、すぐに購入を決めた。店員さんが、箱に説明書も入れておきますね、と言ってくれた。部屋に戻ると、「森正洋の平形めし茶碗」とあった。
森正洋(1927年-2005年)の名をこれまで知らなかった。調べると、非常に有名な陶磁器デザイナーで、早くから頭角を現し、波佐見の白山陶器に勤務し、グッドデザイン賞をいくつも取って、愛知芸大で教鞭もとられた方だった。作家ものとして作品をつくるのではなく、いかにすぐれたデザインの陶磁器を量産するかに心血をそそがれた。今や、ネットで森正洋のデザインの多くを目にすることができるが、いずれも美しい。白山陶器、と妻に話すと、青山の白山陶器のショールームで鳥の箸置きを買ったことがあるはずと、台所の奥から、ラブバードをいくつか出してきた。そうだ、これだよ、すっかり忘れていたが、かつて気に入って買ったものの、しまいこんでいた箸置きも森正洋の代表作の一つだった。この人のデザインした陶磁器は、他の人のものとは違う。日本が誇れる工業デザイナーだと思う。