「ヘンデル・フェスティバル・ジャパン」弁護士小澤英明

ヘンデル・フェスティバル・ジャパン (2021年6月)

2021年6月2日
小 澤 英 明

 渋谷のタワレコでポール・トルトゥリエ(1914-1990)のCDのボックスものを購入した。トルトゥリエはフランスのチェロの名手である。こういうボックスものは、自分の知らない魅力的な曲にぶつかるので、それがうれしい。ヴイヴァルディが入っていて、最後にヘンデルでしめくくった1枚を聞く。ヘンデルはトリオ・ソナタト短調であり、二つのチェロとオーケストラに編曲されているものだったが、これがいい。ヘンデルの曲は、誰かが書いていたが、「悠揚迫らぬ」という表現がぴったりのものが多い。
 「これまでうかつにも知らなかったな、この曲は。」と思いながら、ネット検索をする。ヘンデルのトリオ・ソナタト短調と言っても複数あるようで、この曲がどれかすぐにはわからない。しかし、メニューインがヴァイオリンを弾いた音楽がYouTubeで出ており、HWV393であることを確認した。「ああ、まさにヘンデルだなあ。」とメニューインの演奏にも聞き入って、この曲をネットでさらに調べた。名曲なのに、あまり情報がない。しかし、秋田や横浜で比較的最近(コロナ前)コンサートで取り上げられていたことを知った。秋田の去年の2月の演奏会、雪の中を美しい女性たちが会場に連れ立って入っていくところなど勝手に想像した。しかし、さらにネット検索してゆくと、なんと、「三澤寿喜氏の『ヘンデル』によればこのトリオ・ソナタHWV393は偽作とされている」とのブログに出くわした。「エーッ!そんな!」と絶句。「悠揚迫らぬヘンデルじゃなかったの?」と意地悪な声がどこからか聞こえてきそう。「誰だ、この三澤ってーのは!」と私の悪い癖が出た。
 「三澤寿喜」で検索すると、YouTubeで、「ヘンデル・フェスティバル・ジャパン コロナ禍特別企画 平野智美&三澤寿喜の対談『ヘンデルの初期チェンバロ作品について』」という44分ものの録画が出てきた。収録日が2020年11月13日で、公開日が2021年1月18日である。対談とあるが、三澤氏がしゃべりっぱなしで、平野さんは演奏担当で、終わりの頃にご自分のお考えを少し話される。音楽大学での講義のような濃密な解説が、演奏をさしはさんで続く。こんな解説を聞けるなんて、コロナ禍がもたらした思いがけない贈り物だなと、解説を聞くうちに、三澤氏に尊敬の念を覚えてきた。調べると、三澤氏はヘンデルの日本での権威者として有名な方だった。初期チェンバロ作品についての「simple but beautiful というヘンデルの簡潔美がよく表れていますね。」という同氏のコメントはまさにそのとおりで、ヘンデルには類なく美しい曲が多い。
 ネットに三澤さんのご著書「ヘンデル」の表紙が出ていて、「あれっ、これは自分も持っている本ではないか?」と書棚をさがす。あった。巻末の表に、HWV393は偽作と小さく書いてある。このことに気づかせてくれたネットのブログ氏もえらい。10年前であれば、こういうことは自分にはすぐにはわからなかった。ヘンデル・フェスティバル・ジャパンの録画には「助成 公益財団法人三菱UFJ信託芸術文化財団」とあった。三澤さんと平野さんが、この企画で手にされた報酬は、これまでのお二人の労苦からすると、とるに足りないものだろうけれど、この財団の助成がお二人への強い支援になったことを願う。