カッチーニのアベ・マリア(2020年2月)
2020年2月14日
小 澤 英 明
この曲は、実はバロック時代のジュリオ・カッチーニの曲ではなくて、20世紀後半のロシア人作曲家の曲であることは既に広く知られている(ウラディミール・ヴァヴィロフの作と言われている)。私が最初にこの曲を聞いたのは、西村あさひの私よりかなり若い弁護士A君の車の中である。今から20年くらい前のことで、A君がまだ独身を謳歌していた時期だった。ちょいワルのA君から、悪事を聞かされて、私が喜んで聞くものだから、もともとサービス精神がある男なので、どこからどこまで本当かわからない話をいろいろしてくれた。年齢的には逆でなければならないが、A君は私をよく食事にさそった。あるとき、少し遠くに行ってみましょうかと言われ、外車の助手席に乗ったのだが(いつもは女の子の乗る席だなと思いながら)、そこで聞いたのが、この曲だった。「カッチーニのアベ・マリアですよ、いいでしょう。」と言われ、すぐに同意した。
クラシック通とは思えないA君に名曲を教えられてしまった私だったが、当時私がこの曲を知らなかったのも不思議はなかった。なぜなら、カッチーニのアベ・マリアが広くCDで知られるようになったのは1990年代半ばすぎで、私がA君から聞かされたのは、そのはしりのスラヴァ(カウンターテナー)のCDで、まだこの曲は広くは知られていなかった時だったからである。むしろ、スラヴァのCDが大当たりして(25万枚も売れたとの情報もある)、この曲は有名になったようだった。なぜ、A君がこの曲の入ったスラヴァのCDを買ったのかはわからないが(デートにお薦めのCDとの宣伝があったかもしれない)、いい嗅覚をしていたことは認めざるを得ない。
先日、手元にあったヘンデルのチェンバロ曲集(ボルグステーデの演奏が入っていてなかなかいいもの)を順に聞いていたところ、かつて好きだった曲がいくつも出てきた。やはりヘンデルはいいなと思いながら、私の好きな曲について、ネットで識者の解説やクラシック愛好家のブログなど読んでいくうちに、YouTubeでさまざまなヘンデルの演奏が投稿されているのを知って興味を覚えた。それを拾って聞いていく過程で、なぜかその中にまぎれて、カッチーニのアベ・マリアのYouTubeの演奏が現れたのだった。
You Tubeでは、様々なカッチーニのアベ・マリアの演奏を聞ける。定番は、アベ・マリアを繰り返す歌唱だが、私が聞いていて癒されるのはピアノ編曲である。基本の旋律は単純なものだが、それが魅力的なので、さまざまなピアノ編曲が生まれている。また、オーケストラやヴァイオリンやギターのための編曲もあり、合唱曲にも編曲されている。このような各種の演奏を映像とともに聞けるのも、現代ならではというか、YouTubeのようなサービスが提供されているからで、20年前には想像できなかった。いくつか聞いているうちに、キリル文字表記なのでよくわからないのだが、ベアトリサ・オクロヴァと読めそうな、すばらしい女性歌手を知った。こんな高齢女性がと思える美声には誰もが驚くと思う。なお、下の写真は、昨年末に出た写真集、伊藤龍也「マリアさま」(論創社)の高宮教会(福岡市にある教会で、福島涼史氏撮影によるもの)のマリア像である。