「奥本大三郎」

奥本大三郎(8月)

 名前を見ると、昔の人のように見えるが、1944年生まれの仏文学者である。むしろ昆虫博士として有名で、ドイツ文学者で昆虫博士の岡田朝雄とともに名高い。奥本はファーブル昆虫記の全訳を完成したし、岡田もシュナック「蝶の生活」など優れた翻訳を出している。もっとも、私は、これらの翻訳でお二人に親しんだのではなく、このお二人、とりわけ奥本の数あるエッセイを楽しませてもらって、ありがたく思っているのである。どの本を読んでも、昆虫好きの博識のお兄さんから楽しい話を聞かせてもらっている雰囲気にひたることができる。
 奥本には「虫の宇宙誌」という本がある。この本のことは向井敏「文章読本」で知った。と言うか、奥本の存在を向井のこの本で知った。「文章読本」を読まなくとも、いつかは奥本の本に触れただろうが、早い段階でとりあげた向井は目利きである。奥本は以後昆虫マニアには楽しい本を次々に出している。私より一回り年上なので、時代の雰囲気が少し違うようにも思うが、奥本の本を読むと、昆虫にときめいた少年の頃が思い出されてくる。私は生まれてから小学校を終えるまで佐世保市に住んでいたが、5歳のときに1年間だけ佐賀市に住んだことがある。この佐賀市が自然の宝庫であった。
 過去の記憶をさかのぼると、4歳までの記憶は断片的なのに、5歳からの記憶は鮮明である。佐賀市は、当時、クリークと呼ばれる水路が田にはりめぐらされていた。幼児には危険で親からはさんざん注意されていたが、兄の友達たちにまじって、広い田が広がる風景の中で、アメリカザリガニをとったり、フナをとったり、それまで経験したことがない遊びを知った。中でも私が興奮したのは、ギンヤンマとの遭遇で、このトンボの飛ぶ姿はすばらしかった。10年ほど前、おばから、佐賀市で異常に大量発生していたモンシロチョウ採りに幼い私がどれほど熱中していたかを聞かされ、ソウダッタカモと少し恥ずかしかった。身の程を知って、小物を狙っていたわけである。
 その後も今に至るまでチョウは好きである。特にアゲハの仲間が好きで、クロアゲハを見ると暑い夏の少年の頃を思い出す。じりじりとした炎天下、庭のユリにクロアゲハ、これが私にとってなつかしい九州の夏のイメージである。練馬の今の家は、庭にユズや山椒の木があるので、アゲハの仲間を初夏から楽しめる。アゲハの仲間ではないが、十数年前、かねてから見たいと思っていたモルフォ蝶の標本を神戸の店で見かけて購入した。これは、この世のものとも思えない青い金属的な色で輝く翅をもつ。買い求めて、自宅に飾っている(写真参照)。先年、「都市の記憶Ⅱ 日本の駅舎とクラシックホテル」(白揚社)という共著の本を出した。その中で、弁護士がクライアントからクラシックホテルの取り壊しの相談を受けるという筋立ての小説を書いたが、そのホテルの名をモルフォホテルとし、語り手の若い弁護士に勝手に「奥本」という名前をつけたことがある。