「都市プランナーの雑読記-その1」顧問大村謙二郎

2020年4月27日
大  村   謙 二 郎

都市プランナーの雑読記-その1 

楠木 建『戦略読書日記 本質を抉りだす思考のセンス』ちくま文庫、2019.04

 2017年4月にプレジデント者から刊行された単行本を文庫化されたもの。解説が出口治明(この人も無類の読書家でこの人の新書を読んだことがあるが、私とは肌合いがちがうので、その書はすぐに処分したし、この人の著作はその後まったく読んでいない。ただ、本書の解説は面白く、さすがに熟練の読み手だと思った)。
 楠木は気鋭の経営学者でアカデミズムに閉じこもる理論系学者ではなく、実務家の経営者、経営に関心を持つ人に向けた、論説、著書を数多く発信している実践指向の学者で、大活躍している人らしい。この人の経営に関する専門の本は読んだことはなく、また、今後も読まないかも知れないが、この本は無類に面白かった。
 楠木は少年時代に南アフリカで暮らしていたようで、祖母から船便で送られてくる日本の本をむさぼり読んだ経験があり、無類の読書家というか、唯一無二の趣味、面白いと思うことが読書のようで、仕事以外の本で年間300冊は読むとか。桁違いのパワーを持った人だ。彼に言わせれば、本ほどコストパフォーマンスの高いエンターテイメントはなく、時間、場所を気にすることなく、それに没入できる最高の体験との事だ。
 典型的な文系人間であると自称しており、韜晦からであろうが、なぜ研究者の途を歩んだかというと、なんとなく自由で、時間がたっぷりありそうだということと、モラトリアム期間を長く持続させたいとの考えがあったとか。
 私などと比べようもない、才能、パワーを持った人でもこういった気持ちで研究者稼業をはじめたというのは共感できる。
 本書は、自著も含めて、22冊の自分が面白いと感じた本を取り上げて、戦略と経営の本質は何かについて、縦横無尽に自説を展開している。それぞれの本から何を読み取るか、まさに本書を貫くモチーフである思考のセンスのあり方を具体的に論じている。
 取り上げている本は次に示すように楠木の専門分野に関連する著書もあるが、こんな本がというのが取り上げられており、その本を取り上げながら、彼の専門の経営戦略論として何を引き出せるかという読み解き方は、解説者の出口が評するように、格闘技としての読書だ。
 取り上げている22冊の本は以下の通り。
「ストーリーとしての競争戦略」(楠木建)、「元祖テレビ屋大奮戦!」(井原高忠)、「一勝九敗」(柳井正)、「「バカな」と「なるほど」」(吉原英樹)、「日本の半導体四〇年」(菊池誠)、「スパークする思考」(内田和成)、「最終戦争論」(石原莞爾)、「「日本の経営」を創る」(三枝匡、伊丹敬之)、「おそめ」(石井妙子)、「Hot Pepperミラクル・ストーリー」(平尾勇司)、「ストレジストにさよならを」(広木隆)、「レコーディング・ダイエット 決定版」(岡田斗司夫)、「プロフェッショナルマネージャー」(ハロルド・ジェニーン、アルヴィン・モスコー)、「成功はゴミ箱の中に」(レイ・クロック、ロバート・アンダーソン)、「映画はやくざなり」(笠原和夫)、「市場と企業組織」(O・E・ウィリアムソン)、「生産システムの進化論」(藤本隆宏)、「日本永代蔵」(井原西鶴)、「10宅論」(隈研吾)、「直球勝負の会社」(出口治明)「クアトロ・ラガツィ」(若桑みどり)、「日本の喜劇人」(小林信彦)。
 本書の最後にロング・インタビュー「僕の読書スタイル」ということで、楠木の破天荒、超人的な読書ライフスタイルが語られており、これがまた、無類に面白い。
 本書を読んで特に印象深かったのはセンスとスキルはまったくちがうもので、スキルは一定の手順と時間をかけてフォーマットに従えばある程度、修得できるが、センスばかりはそれを身につける定型的方法はなく、それこそ場数を踏み、身につくもので、意図して、努力してなかなか身につけられるものではない。でも、読書を通じてセンスを感得出来る点があるかもしれないとの説である。確かにセンスのある人とそうでない人がいるがそれを具体的、論理的に説明するのはなかなか難しい。また、彼は、センスは引き出しを多く持ち、それを引き出す能力の有無と言い換えているが、これもどうやって引き出しの能力を高めるかについての定型的な方法論はなさそうだ。
 よく職人芸といわれるものがあり、それを科学的、合理的に分析して、それを機械に置き換えていくことが行われており、一定の成果を納めているようだが、果たしてセンスというものを科学的、合理的に分析できて、AI等に置き換えることはどこまで可能だろうか。そういったことを考えさせてくれるのも本書の面白さだ。
 この読書日記は、彼が気にいった自著を含めた22冊の本を素材に経営戦略、経営センスがそれぞれの読書から読み解くことが出来るかを丁寧に論じており、その点で面白かった。楠木もいうように、ある本に面白さを感じるか、感じないかはその人のテーストによるところが多く、万人推奨の古典といわれるものがある人にはまったく面白くないこともある。その点で、この書は私のテーストに合った面白い本であった。
 仕事の本でこういった経験をすることはあまりないけれど。読書日記がエンターテイメントになることを示してくれる読書だった。