「都市プランナーの雑読記-その9」顧問大村謙二郎

 

猪木武徳『増補 学校と工場 二十世紀日本の人的資源』ちくま学芸文庫、2016.06

2020年9月24日
大  村 謙二郎

 本書は1996年に読売新聞社から刊行された「学校と工場-日本の人的資源」をちくま学芸文庫で刊行するに際して、改題、改訂されたものです。
 猪木さんは労働経済学が専門の方ですが、幅広い教養、学識の方で、バランスの取れた論述の著作を数多く刊行されています。
 この書は、天然資源に恵まれない日本で明治の開国以来、近代化を成功裡に遂げ、経済成長を図ってきた背景には人材育成がうまく行われてきたのではとの問題意識の下に江戸期から現代までの日本の経済成長と人材育成について、歴史的、理論的に論じています。
 猪木さんは膨大な研究蓄積の全てに目を通せていないと謙遜されていますが、数多くの資料、文献を博捜されて、日本では比較的、公正に人材が選抜され、適正な競争環境の下で有能な人的資源が形成、配分されてきたことを、論じています。
 扱う人材育成の分野も学校、工場、軍隊、官庁と様々ですが興味深いエピソードが語られ、歴史読み物としても興味深く読めますし、労働経済学では人的資源の形成をこういう風に理論化しているのだということもよくわかりました。
 近代日本の経済発展は人材育成に成功してきた点にあると評価しつつ、猪木さんは次のように、近年の傾向に危惧を表明しています。
 「技術の偏重、製造業の軽視、近年の短期的な『成果主義』に基づく人事政策は、長期的な競争に基づく人材の評価のシステムを突き崩す方向へと進んでいるように見える。日本は自らの持てる『宝』を捨てようとしてはいないだろうか。成果主義や能力主義といった短期的評価に基づく報酬システムには、仕事を通して『人を育てる』という長期的な視点が欠落しており、日本経済を衰弱させる危険性をはらんでいるのだ。」
 私もまったく同感です。昨今の大学評価や国際ランキングにあまりに追い回され、短期的成果を追い求め、英語論文の数を競い、それで評価選抜していく方向が過剰になりすぎて、結局長期的な視点の学術研究が軽視されているのではないでしょうか。