「都市プランナーの雑読記-その21」顧問大村謙二郎

御厨貴・橋本寿朗・鷲田清一・編『わが記憶、わが記録 堤清二×辻井喬オーラルヒストリー』 中央公論新社、2015.11

2021年3月18日
大 村 謙 二 郎

 2000年4月から2001年10月まで、13回、30時間以上にわたって、御厨を中心に3人が堤清二に対して行った、オーラルヒストリーのインタビュー記録です。13回のインタビューの後、さらに何度か御厨は堤に対してインタビューの続き、再開を要望したようですが、堤に逃げられたようで、また、堤清二の生前はこの記録集の公刊を拒否されていたとのことです。
 堤が2013年になくなり、ご遺族の了解を得て、編集を行って公刊されたものです。
 13回、4部構成となっています。
 前半の7回はクロノジカルな構成で、後半の6回はテーマごとの回顧となっています。

 第1部(1回から4回)は「マイヒストリー」と題して、戦争の記録、敗戦と共産党入党の顛末、その後、父堤康次郎の政治秘書となり、西武百貨店の店長になる経緯、さらに結核を患い、父の死、事業家として事業拡大していく状況を回顧しています。
 第2部(5回から7回)は「堤清二と辻井喬」と題して、実業家、事業家として活動する一方で作家・文化人辻井喬として活躍する70年代、80年代さらにはバブル崩壊で事業が苦戦する様子が論じられています。
 第3部(8回から11回)は「忘れ得ぬ人々」ということで、政治家との関係、弟・義明、妹・邦子とセゾン文化、反「流通革命」、海外との交流などが論じられています。
 第4部(12回、13回)は「次代への期待」ということで、政治家との丁々発止、作家への期待、財界への苦言が語られています。
 堤清二が事業からほぼ完全に撤退して、文化活動、作家活動などに重心を完全に移した90年代前半の時期のインタビュー記録ですが、ほぼ彼の生涯の記録と重なっています。
 インタビューをした御厨・橋本・鷲田は、よく資料、記録を読み込んだ上で堤に対して、時に厳しい質問をしながらのインタビューであり、オーラルヒストリーとして、充実した内容の本だと感じました。
 御厨も後書きで書いていますが、堤・辻井は多層的、重層的な人生を送ってきた人であり、その活動範囲、交流範囲の広範さ、また、それを記憶している堤清二の才気あふれる怪物ぶりには驚嘆の思いです。きわめてエネルギッシュでデモーニッシュな人だったのではと思います。それだけに彼の下に仕えた人たちは大変だったのではと思います。
 70年代、80年代の文化をリードしたセゾン文化、パルコ文化についていろいろ感慨深いものがあります。
 堤一人ではないですが、70年、80年代にかけて、都市文化、都市開発に新たな風を吹き込んだ彼の業績は大きいと思います。渋谷公園通りのまちづくり、新たな商業開発拠点としての尼崎の工場跡地を土地利用転換した「つかしん」プロジェクト等、当時、見学に行ったことを思い出します。