「都市プランナーの雑読記-その16」顧問大村謙二郎

ヘニング・マンケル(柳沢由実子訳)『五番目の女』上下、創元推理文庫、2010.08

2020年12月23日
大  村 謙 二 郎

 以前紹介したことのあるヘニング・マンケルの警察官クルト・ヴァランダーシリーズの第6作目の作品です。
 この作品の主人公ヴァランダーは、私と同年代の1947年生まれで、作品の舞台は東西冷戦体制が崩壊して、グローバル化が進み社会の流動化がより進行しているスウェーデンの90年代です。ヴァランダーが勤務している警察署は、スウェーデン南部の小都市イースタですが、小さな都市でも国際化の影響、社会経済の変化が押し寄せてきています。
 ヴァランダーが今回の事件に関わるのは1994年の9月21日から10月17日までの一ヶ月に満たない間です。
 花屋に家宅侵入の通報が入りましたが、主人は旅行中で盗まれたものがありません。次は、ひとり暮らしの老人が失踪したのではと訴えが出されます。その老人は、自分の広大な領地の中にある壕で、そこに設けられた竹槍に串刺しされた死体の形で発見されます。旅行中だと思われていた花屋の主人は誰かに拉致されて、大きな木にくくられ絞殺された死体で発見されるなど、事件は恐るべき様相を呈します。
 いろいろ悩みを抱えたヴァランダーは悪戦苦闘し、また、スタッフの助けを借りながら少しずつ、事件の謎を探り、事件の真相に迫っていきます。
 スウェーデン社会の歪み、闇を解明しつつ、謎解きをおこなっていくスタイルも魅力なのですが、なんといってもこの作品が面白いのはスウェーデン社会が抱える悩みを、ヴァランダーに引き寄せて、等身大に語っていくというスタイルがこの北欧ミステリーの魅力を高めているように思います。

 たとえば、ヴァランダーが娘のリンダと語りあう次の情景はなかなか読ませます。

紅茶を注ぎながら、リンダはなぜこの国に暮らすのはこんなにむずかしいのだろうといった。
「時々思うんだが、それはわれわれがくつ下をかがるのをやめてしまったからじゃないだろうか?」
リンダは不可解な顔で父親を見た。
「いや、本気だよ。おれが育った時代のスェーデンは、みんな穴の開いたくつ下をかがっていた時代だった。おれは学校でかがり方を習ったのを覚えているよ。そのうちに急にみんなそれをやめてしまった。穴の開いたくつ下は捨てるものになった。だれも穴の開いた厚手のくつ下をかがらなくなった。社会全体がかわってしまった。古くなったものを捨てるのは社会全体の風潮となってしまった。・・・・(中略)・・・・
なにが正しくてなにが間違いか、ほかの人に対して何をしていいか、何をしていけないかという価値基準をかえてしまった。すべてが厳しくなってしまった。多くの人が、おまえのような若い人たちはとくに、自分の国にいながらひつようとされていない、それどころか歓迎されていないように感じている。そういう人たちはどう反応するか?攻撃と破壊だ。恐ろしいことに、いまわれわれが体験しているのは、まだそんな時代のほんのはじまりなのではないかと思う。・・・・・・・(中略)・・・・・・
われわれはくつ下も人間も使い捨てするような国ではなかったということを知らないのだ。」

 凡庸な社会批判よりもヴァランダーの口を通した述懐の方が、説得力があるし、日本社会のこの20年、30年の変化に思いをはせると、この国に帰属してよかったといえる社会を私たちはつくってきているのかと、考えさせてくれます。

 ちょっと場違いな紹介になりましたが、ミステリーもまた、いろいろ考えさせてくれる素材です。