岩瀬香奈子さんにインタビュアーになっていただいて、当事務所メンバーにインタビューをしていただきました。岩瀬さんは、株式会社アルーシャの代表取締役であり、その事業において難民を積極的に雇用されるなど難民の支援に熱心に取り組んでおられるとともに、長年弁護士のヘッドハンティングにも従事され、弁護士業界に通じておられます。
岩瀬:独立、おめでとうございます。これまで西村あさひ法律事務所のパートナーとして不動産と環境の分野をご専門にされていましたが、これからは弁護士としてはお一人で始められるとうかがっています。ずいぶんお仕事の仕方も変わられると思いますが、新事務所はどういう事務所をめざしておられますか。
小澤:ありがとうございます。西村あさひでは、不動産に関わっている弁護士は数多くいましたが、多くは、不動産ファイナンスの専門家でした。私は、そのような不動産ファイナンスの専門家と一緒に仕事をすることもありましたが、一貫して、現物不動産の不動産法や関係する環境法の仕事をしてきました。新事務所は、私が長年従事してきた不動産と環境分野に特化した事務所にします。また、企業がその社会的責任をまっとうすることを法律の側面からサポートして、社会に貢献したいと思っています。
岩瀬:企業の社会的責任についてはどのようにお考えでしょうか。
小澤:私は、企業はただ法律を守っていればいいという存在ではないと思っています。個人がただ法律を守っていればいいわけではないのと同じように。実際、大手企業は、そのような低いレベルで競争していません。志をもっと高くもっています。ただ、法規制が複雑化した現代では、法令の正しい解釈も必ずしも容易ではありません。したがって、企業が各種の取引や投資の決定を行うにおいて法的責任と法的リスクを的確に判断することをお手伝いすることは弁護士の重要な職務と考えています。そのようなお手伝いを通じて、企業が社会的責任をまっとうすることをお手伝いしたいと思っています。言い換えますと、法の抜け穴をさがすような仕事ではなく、法の精神の実現に寄与する仕事を行うというのがこの事務所の基本の考え方です。
岩瀬:それはすばらしいですね。ところで、日本で不動産と環境に特化した事務所というのは存在するのですか。
小澤:私が知る限りありません。もっとも欠陥住宅問題に強い事務所があることや、建築士の資格も持った弁護士が建築関係のお仕事を中心になさっているということは聞いています。
岩瀬:今回の新事務所は、そのような事務所とも違いがあるということですか。
小澤:私は長年企業に対して助言してきました。その中で、企業が不動産を取り扱う局面はさまざまにあることを実感しています。建物の設計や請負に関する相談はその一部にすぎません。現在、多くの企業が保有している不動産を有効に活用しようと考えています。「企業不動産」(corporate real estate)という言葉がよく使われているように、企業が保有する不動産を企業の事業全体の戦略の中でどのように活かすのかは多くの企業にとっての重要な関心事です。その場合に、売買するにしても賃貸するにしても、また、近隣地権者と共同で開発しようとしても、さまざまに考慮すべき法律問題があります。新事務所のひとつのサービスは、このような企業の需要に応えようというものです。
岩瀬:売買や賃貸ということであれば、既に基本の契約書式が定まっていてそれを使えばよいのではと思う企業もいると思います。失礼になるかもしれませんが、不動産を専門にする弁護士に依頼するメリットはあるのでしょうか。
小澤:個人の不動産を念頭に置いて、戸建て住宅やマンションの売買であれば、所定の売買契約の書式で多くの場合足りると思います。また、アパートの賃貸借も所定の賃貸借契約書で足りるでしょう。それは、ほぼ似たような物件の似たような状況の取引を扱うからです。しかし、企業が所有する不動産にはさまざまなものがあります。とても定型化できません。もちろん、既存の売買契約書や賃貸借契約書は契約文言のエッセンスが盛り込まれているので参考にはなりますが、それだけでは足りません。
岩瀬:具体的にはどういうことでしょう。
小澤:平成10年頃から外資系の不動産投資が活発になり、不動産売買契約書にしてもアメリカ式の売買スタイルが入り込みました。表明保証条項(representations & warranties)などはその典型ですね。契約締結時と契約実行時に、それぞれ一定の事由が存在することや存在していないことは間違いないと言うことを表明保証させるもので、この種の条項に慣れていない日本の企業には不気味だと思います。
岩瀬:不気味、確かに。
小澤:日本の伝統的な契約スタイルは、契約で何もかも縛ることはできないし、それは非効率だという考え方から、問題が起きた場合に話し合えばよいというものでした。ただし、外資系とは双方が前提とする常識が同一ではないので、外資系の要求に応じて、想定される事態に対応する詳細な規定を入れざるをえません。そのような契約スタイルが日本企業同士の売買契約にも大きな影響を与えてきています。不動産の大型取引で今や表明保証条項がない契約はないというところまできています。
岩瀬:どういうことを表明保証させるのですか。
小澤:わかりやすい例は、例えば、土壌汚染です。「土壌汚染はない。」といったことを表明保証させられます。しかし、「土壌汚染」って一体何かという問題があります。土壌汚染対策法の特定有害物質がないということかなと想像できる人は初歩的知識がある法務マンです。特定有害物質がないことを買主が求めているのか、それよりも基準以下であることを求めているのか、基準以下という場合の「基準」とは何か、また、問題なのは土壌汚染対策法の特定有害物質だけなのか、ほかの規制法はないのか、このあたりが気になれば、中級の知識がある法務マンということになります。しかし、これ以上、つまり、表明保証で明確にできる内容は限定的であることを自覚して、表明保証違反が生じたらどういう対応をすべきかまで先を見通して契約条項を助言し、最悪のケースを考慮した契約のリスク判断まで行うのは、もはや知識レベルの問題ではありません。この種の取引に多くの経験をもつ弁護士でなければ適切な助言はできません。
岩瀬:今、土壌汚染を問題にされましたが、そのような特殊な知識が問題になる取引はどの程度あるのでしょうか。
小澤:何を特殊というのかは難しいですね。土壌汚染に関する規制についての知識は今や特殊な知識とは言えません。建物についても弁護士が当然に知っていなければならない知識は増えています。例えば、最近は、法令遵守がさかんに言われていますが、ご存じのとおり、日本の建物には法令違反が多く、今や、このことは建物の取引で大きな問題となっています。なぜならば、売主は、取引時に建物が違反建築物ではないということを表明保証させられますので、建物が違反建築物かそうでないかは取引価格に大きな影響があるからです。違反建築物と異なるものとして既存不適格建築物というものがあります。違反建築物は建築時から法令に違反しているものであるのに対して、既存不適格建築物は建築後に法令の基準が変更されてしまって、新しい基準に適合できなくなった建物です。このふたつは、法令上大きく異なって取り扱われますので、十分注意が必要です。このようなことは、決して特殊な知識とは言えないのですが、弁護士でも区別ができない人も多いのが実情です。
岩瀬:弁護士さんは、法律のことは何でも幅広く対応しないといけないので、大変ですね。
小澤:いや、今や、そのように考えるべきではないと思います。少なくとも企業法務の全般を一人の弁護士がカバーするということは不可能です。私は、西村あさひという日本一の巨大法律事務所にいて、長年、不動産と環境にほぼ特化して仕事をしてきました。しかも、大手企業が依頼者の多くを占めていました。その意味で、比較的狭い領域に専門的に取り組める恵まれたポジションにいました。しかし、そのように恵まれていた私であっても、不動産法や環境法で今なお自分が十分ではない分野があると認識しています。それ以外の法分野はほとんど弁護士としては役に立ちません。それだけ、現代社会は、法令の改正もひんぱんに行われ、裁判例も数多くあり、日々勉強しないと最先端の法律をカバーできないのです。そのことを自覚して弁護士も企業も対応しなければいけない時代だと思います。
岩瀬:お医者さんが、いくら高名な消化器外科の先生であっても専門外の目の手術などできないように、弁護士の先生方の仕事も専門化してきているということですね。ところで、先ほど建物が違反建築物か既存不適格建築物かで大きく異なるとおっしゃったのですが、例えば、どういうことでしょうか。
小澤:どのような建物もいつかは既存不適格建築物になります。基準はひんぱんに変わるからです。しかし、基準の変更があって新基準に合致しない不適合部分を含んだ建物となっても、法は、その不適合部分をただちに基準に合致するように求めはしません。増改築や大規模修繕や大規模模様替え等の大きく手を加える場合に、不適合部分全体を適合化させることを求めます。しかし、これも徹底はされていません。徹底させるとかえって不都合が生じることも多いためさまざまな例外があります。この例外など私も詳細把握はしていません。実際に問題になれば、建築士さんの協力を得て対応せざるをえません。しかし、そのような問題が存在していることがわかっていれば、どのようなところに注意しておくべきかわかはわかります。そのような問題があることを知っているのと知らないとでは大きな違いがあるのです。
岩瀬:古くからの建物は、耐震性の観点で問題はないのでしょうか。
小澤:もちろん問題があります。1981年以降の着工した建物は新耐震基準で建てられていますが、それ以前は旧耐震基準で建設されていますので、耐震性に劣った建物が多いのです。したがって、そのような建物の耐震補強を促進させるために、阪神淡路大震災直後に耐震改修促進法ができましたが、この法律の理解も今や必須ですね。将来、地震で企業の建物が倒壊した場合の法的責任を考える有力な根拠にもなります。
岩瀬:ところで、先生は多くの本や論文を書かれていますが、簡単にご紹介いただけますか。
小澤:ホームページの専門分野の各欄をクリックしていただくと、その分野で私が書いた本や論文が出てきます。それぞれのところで確認していただきたいのですが、最近の著作は、「企業不動産法(第2版)」で、これはまだ出たばっかりです。昨年のはじめに初版を出したのですが、昨年民法改正がありましたので、影響がある部分を書き直す必要があって改訂しました。この本には私が企業不動産について西村あさひ時代に経験した多くのことを盛り込んでいます。30年も不動産と環境のことばかりやってきましたので、その経験をまとめることも会社の法務部の方々や若手法律家に何らかのお役にたつのではと思って書きました。
岩瀬:「企業不動産法(第2版)」は先生の経験の集大成的なものと思いますが、ホームページの各専門分野は、企業不動産だけでなく、土壌汚染、アスベスト、区画整理、都市再開発、不動産賃貸借、区分所有、温泉・地下水・地熱、歴史的建造物、環境法一般とあります。かなりマニアックと言いますか、特殊な世界のものもあるように思われますが、実際に、このようなお仕事が多かったのでしょうか。
小澤:仕事で多かったのは、「企業不動産法(第2版)」の中でふれているように、かなり幅が広いです。企業不動産に関わることは一通り相当に経験を積んだと思っています。「区分所有」は多くの弁護士もひんぱんに関わっていることなので、私の専門性は高くはありませんが、居住用マンションというよりも、事業用区分所有建物の案件に数多く触れたという点では特徴があると思います。また、「不動産賃貸借」も多くの弁護士がひんぱんに関わるテーマですが、私が関わったのは、大規模な事務所ビル、ショッピングセンター、ホテルその他の施設の事業用賃貸借で、契約内容もさまざまであったという点で特別な経験を多くもっていると思います。その他の専門分野は確かにマニアックに映るかも知れませんね。ただ、土壌汚染と区画整理は私の仕事の大きな部分を長年占めてきました。なぜ、それぞれの専門分野をもつにいたったかは、話せば長いので、またの機会にしたいと思います。もともと私は建築に興味があり、弁護士を3年やったあとに27歳で東大の都市工学科の修士課程に進んで、都市計画関係の勉強をしたことがあり、それが現在の市街地整備関係の仕事と何らかの縁をもっていると思います。と言いますか、建築や都市が好きなので、そのような専門分野に自ら積極的に関わったと言えると思います。
岩瀬:顧問の大村先生とは都市工学科時代からのお知り合いですか。
小澤:はい。大村先生は、都市工学科の先輩の中のスター的存在で、多くの人が一目を置いていました。私の指導教官の下総先生から紹介を受けたのがはじめてだったと思いますが、私が大学院生よりも歳をとっているというので、主として助手の方々の集まりの「中年の会」というものに入れられてと言いますか入れていただいて、そこで頻繁にお会いすることになりました。ドイツの都市計画の大家で、現在、各種の審議会の要職をつとめられ、また、全国市街地再開発協会の理事長でもあられます。大所高所からご指導をいただけると思い顧問をお願いしました。
岩瀬:顧問の鎌野先生とはどういうご関係ですか。
小澤:阪神淡路大震災のあと、被災したマンションの復旧や建替え問題で鎌野先生が多くの相談にのっておられました。そこで鎌野先生が私にアメリカでは復旧や建替えはどうなっているのかを聞かれました。私はアメリカ留学時代、コンドミニアムについても多少勉強していたのですが、質問いただいた点はほとんど勉強していなかったので、勉強し直してお伝えしたのが親しくなったきっかけです。区分所有については、鎌野先生が日本の第一人者であられることは衆目の一致するところです。今後の都市の再開発では区分所有の利用がますます高度化すると思い、顧問をお願いしました。
岩瀬:顧問の鷺坂先生とは大学時代からのお友達とのことですね。
小澤:はい。18歳の時から、「小澤」、「鷺坂」と呼び捨てにしていた仲なので、ここでも「鷺坂君」としか言えませんが、彼は、当初、自治省で、2001年の省庁再編で環境省に移り、環境省の水大気環境局長を最後に退官しました。局長時代は福島原発事故の除染担当責任者でした。今は、早稲田大学法学部で環境法を教えてもいます。これまで数多くの環境法の制定や改正に深く関わっていますので、単に行政官だったというだけではなく立法担当者でもあったという貴重な経験から、環境法全般に助言してもらえるものと思っています。また、地方自治のプロでもあり、その点でも教えてもらうことが多いと思っています。
岩瀬:本日はどうもありがとうござました。新事務所が成功されることを祈念しています。今後もまたいろいろと今日の続きをお聞かせ下さい。
小澤:こちらこそありがとうございました。