「都市プランナーの雑読記-その4」顧問大村謙二郎

後藤正治『天人』講談社文庫、2008.01
後藤正治『リターンマッチ』文春文庫、2001.09

2020年6月26日
大 村 謙 二 郎

  ノンフィクション作品の定義は必ずしも定かではないと思いますが。いろいろな人物や事件、事故のことを扱ったノンフィクションは好きな方です。いろいろなノンフィクションを雑読しています。
 後藤正治さんは私とほぼ同世代の人で、京都大学時代に私と似たような経験を持った人で、面識はないのですが、親しみをこめて、以下、「さん」付けで記します。
 後藤さんは1980年代から作品を発表していて、多くの実績のあるノンフィクションライターなのですが、その名前は最近までまったく知りませんでした。偶然、書店の文庫の平積みのコーナーで『天人 深代惇郎と新聞の時代』(講談社文庫、2018.01)という、深代淳郎の写真が掲載されたカバーつきの本があり、目につき、パラパラと見てみて、面白そうな本だと思い、購読したのが後藤正治さんとの出会いです。後藤正治という名前も、彼が多くの著作のある人だということもまったく知りませんでした。ただ、これもあとから気付いたのですが雑誌の『アエラ』や『ナンバー』で人物肖像、スポーツ選手の肖像についての記事を魅力的、興味深く描いていた作家が後藤さんでした。
 深代淳郎は朝日新聞の天声人語を長年に渡って担当した名コラムニストで、46歳の若さで早逝した伝説的な記者だったということくらいの知識しか有りませんでした。多分、学生時代に朝日の天声人語で彼のコラムを読んでいたのかも知れませんが。後藤さんの手による深代淳郎の生涯をたどるこの評伝は彼の生い立ち、学生時代、新聞記者となってからの行動などを当時、彼と交流のあった人への丹念な取材、深沢が書き残した記事、論説、エッセイなどを掘り起こして、深代という人物をくっきり浮かび上がらせ、深代の魅力を存分に引き出しています。
 そして、もう一つ、この評伝を読んで好感を持ったのは、一部のこの手の評伝では、家族のことも含めて、スキャンダラスな面を引き出して、センセーショナルに読ませるのが多いのですが、後藤さんの評伝の書き方は、家族関係、夫婦関係のことは省くわけではないが、必要最小限に抑え、深代という人物を知る上での情報に限った抑えた筆致で、淡々と記している点でした。読後感がさわやかで、また、深代の生きた時代、活動した新聞の時代がいきいきと想起され、後藤さんはすぐれた書き手で、ぜひ彼の他の作品を読みたくなりました。多くの人もそうかも知れませんが、私の読書のくせとして、ある作家、作品が気にいると、続けて、関連作品が読みたくなります。この本を読んだあと、深代淳郎の天声人語が収録されている文庫や深代淳郎のエッセイ集を講読しました。
 その後、後藤正治さんが著した作品を探し、次々と手に入れるようにしました。ネットで中古の本を入手できる便利な時代になったおかげです。どの順番で読んだのかもわかりませんし、それぞれの作品はたいへん面白く、また余韻が残る作品で再読したくなります。
 数多くの彼の著作は大変面白く、どれがベストとはなかなか言い難いのですが、紹介する『リターンマッチ』は特に気にいっているものです。本書は、1994年11月に単行本の形で刊行され、95年に第26回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した作品です。私の手元にあるのは2001年に文庫本として刊行されたもので、刊行にあたって、著者の「文庫本あとがき 記憶-2001」が収録されています。
 本作品は定時制高校の市立西宮西高校(現・兵庫県立西宮香風高校)のボクシング部を立ち上げ、そのボクシング部を育ててきた英語担当の教師であり、ボクシング部顧問の脇浜義明とボクシング部に通うゴンタクレの生徒たちとの葛藤、交流をビビッドに描いたボクシング部の活動の物語です。本書の主人公は脇浜もその一人ですが、彼と交流する少年たちも重要な登場人物たちです。
 脇浜義明は昭和20年代前半、神戸の新開地で、少年期を過ごします。母子家庭で、父親の顔を知らず、貧しい、家庭環境に育ち、中学時代から、一家を支える大黒柱として働き、しかも、札付きの不良少年として成長します。ただし、不良といっても弱いものいじめることは決してしない、正義感の強い少年でした。中学卒業と同時に川崎重工の養成工となり、以降、職を転々とします。定時制高校に入り、活字に親しむことを覚えます。定時制高校時代にボクシンブ部に所属します。神戸外国語大学の二部を卒業して、定時制高校の教師となります。
 脇浜がこの学校でボクシング部を立ち上げようとしたのが、定時制高校に自信をなくし無気力になっている生徒たちに対して持った苛立ちの感情です。「昔の不良は、勉強は出来なくても、ケンカは強い」奴がいたが、いまや「成績も悪く、ケンカも弱い」奴ばかりになっている。定時制に通うこういった少年たちに、少しでも「勝つ」ことを知ってもらい、彼らの自信喪失、無気力を回復させる、敗者復活戦=リターンマッチをしたい、との思いが強くあったからです。また、脇浜自身の半生からのリターンマッチも意図していました。
 ノンフィクションであるし、ボクシング部に入ったが途中でドロップアウトする生徒、先生に反抗する生徒があり、インターハイに出場して、優秀な実績を挙げる生徒もあるが、負けてしまう生徒もあり、小説の世界の学園もの、スポ根ものサクセスものではありません。でも、後藤さんが描く、生徒を罵倒しながら、厳しくボクシング指導にあたる、ある種の熱血教師、脇浜という人の魅力と先生に反撥しつつ、なんとかついていく個性あふれる生徒たちの人物群造形が何ともいえない魅力的なノンフィクションに仕上がっています。
 後藤さんは、1990年の春から脇浜やボクシング部の取材にはいり、何度も定期的に通い、取材を積み重ね、作品としては1993年夏までの出来事を、ボクシング部設立の背景を含む事情も含めて記しています。ずいぶん時間をかけて、丁寧に作品を仕上げています。大変な労力がさかれています。さらに、文庫本化に際して、大宅壮一ノンフィクション賞の受賞後、文藝春秋編集部に求めに応じて寄稿したエッセイ「番外編 フェルナンデスの男-1995年」が収められていますが、この中で、阪神淡路大震災の直後、この高校を訪れ、脇浜や生徒たちに取材した様子が記されています。また、さらに、「文庫本あとがき 記憶-2001」では、2001年に脇浜が2001年春、60歳の定年を迎えたこと、30年間のヒラ教師としては異例な事に、兵庫県教育委員会から「教育功労者賞」を受賞したこと、そして、受賞の感想として、後藤さんが予想した通り「さんざん喧嘩してきた相手に表彰されるなんて気色悪いわ」と延べたことを記しています。文庫あとがきでもその後、名称が変わった県立西宮香風高校の変化と、ボクシング部の様子、生徒たちの活躍ぶりが記載されています。後藤さんが取材した対象と丁寧につきあい、その後を丹念にフォローしているこの作家の姿勢に感動を覚えます。
 この書をあらためて、パラパラ読みなおしながら、想起したことがあります。
後藤さんの作品の中には、有名人の半生をたどった評伝や有名スポーツ選手の活躍を扱ったスポーツノンフィクションもありますが、作品の多くには、世間的には無名の人物やスポーツ選手でもあまり知られていなかった人物を取り上げて、その人がどういう活動、生活をおくってきたかを丹念に描いた作品も数多くあります。本書の『リターンマッチ』もその典型です。無名の人たちに対する優しい視線、その人たちの悩み、働き方、生き方に対する共感力が示されていることが、後藤作品の魅力になっていると思います。
 新型コロナ禍で、医療看護の従事者、清掃、交通・物流を支える人等、さまざまな現場で社会サービスを支える人々をアメリカではエッセンシャルワーカー、英国ではキーワーカーと呼んで、その人たちへの感謝を述べる動きがあります。日本でもそういった動きがあるようです。私も、今回の緊急事態宣言の発令、自粛要請の中でもなんとか、社会がまわっているのは、さまざま分野で、一つ一つの仕事を誠実、実直にこなしている人々がいるからだと、あらためて強く思います。
 そういう意味でこういった人々に感謝を示すのは大事なことと思うのですが、それよりも、こういった人々の働く環境、生活環境を含めて、待遇、条件を改善することが何よりも大切だと思います。低賃金であったり、非正規、雇い止めに怯えたりする人々がいることは、堅実な社会とほど遠いことだと思います。
 後藤さんの一連の作品にはこういった主張が明示的に語られているわけではないですが、彼が市井の人々に示すあたたかな眼差し、声高でないが一本芯の通った語り口などは、読み手に深く伝わってきます。後藤さんの作品が取り上げる有名人もそういった、芯が通った人が多いような気がします。
 近作の一つとして、読売新聞社会部の名物記者で、退社後、すぐれたノンフィクション作品を多く著した、本田靖晴の生涯を彼の作品を取り上げながら辿ったノンフィクション『拗ね者たらん 本田靖春 人と作品』(講談社、2018)があります。社会正義心が強かった、本田の生涯を取り上げるのは、後藤さんが、本田さんの人生観、生き方に共感、共鳴している部分が多々あるのだとからと思います。
 後藤さんの文章は地味で、堅実な人柄を著していて、無駄で大げさな表現、レトリックは排して、わかりやすい硬質な文体ですが、時折ちりばめられる詩的な表現は、彼が大学時代に現代詩を好み、吉本隆明の初期詩集を愛読していたことのあらわれかなとひそかに思っています。後藤さんとは面識は全くないのですが、信頼できる、誠実な人だと思っています。