「都市プランナーの雑読記-その3」

2020年6月8日
大 村 謙 二 郎

都市プランナーの雑読記-その3

槇文彦『記憶の形象 都市と建築の間で』筑摩書房、1992.08
槇文彦『漂うモダニズム』左右社、2013.03
槇文彦『残像のモダニズム「共感のヒューマニズム」を目指して』岩波書店、2017.09

 槇文彦さんのことは紹介するまでもなく、世界的に活躍されている著名な建築家であり、近年の新国立競技場の建設問題についてもいち早く、あの場所で新国立競技場を建設することの歴史的、文化的、都市計画的問題を指摘した批判の論説を発表され、社会的発言、運動の先頭に立ってリードされてきた方です。建築と都市の関わりを意識され、数多くの設計活動を展開されると同時に多くの論説を一貫して発表されてきた建築家です。
 建築デザインのことはまったくわからないのですが(といって、では都市計画の専門家かと問われると、これまた自信はないのですが)、槇さんがデザインされた端正な学校建築、公共施設等は私の好きな作品です。特に代表的な作品として好きなのは、長い年月をかけて、継続する他の建築を誘発しながら造りあげられていった代官山ヒルサイドテラスの建築、街並みです。槇さんの作品がその後の周囲の街並み形成に大きく影響していると思います。建築家の思い、情熱が何年にもわたって持続、発展して、街並み形成につながる、まさに建築と都市の連携の模範例だと思います。1969年にヒルサイドテラス代官山の第1期の作品が実現して、昨年は50周年を迎えました。
 ベルリンでは1920年代の集合住宅団地Siedlungの6団地が世界遺産に指定されていますが、日本で現代集合住宅が世界遺産に認定されることになるならば、代官山ヒルサイドテラス一帯はまさにその対象となることだろうと確信しています。
 実は、昨年(2019年5月)、関わっている団体、全国市街地再開発協会の設立50周年を記念する総会の記念講演を槇さんにしていただきました。代官山ヒルサイドにある事務所をお尋ねしてお願いしたところ快諾していただき、「ヒューマンな建築を目指して」と題する記念講演をしていただきました。建築を志してから70年の活動の軌跡を振り返り、代官山ヒルサイドテラスから最近のNYワールドトレードセンターでの作品まで数多くの作品を取り上げ、そこにこめた理念、意図、建築と都市の関係について、深い洞察をこめた話をされ、聴衆の感動を引き起こしました。90歳を超えて、現役で活躍される槇さんの姿に感銘を受けたものです。
 前置きが長くなったのですが、本書は槇さんの1960年代から、つい最近まで、さまざまなメディアに発表したエッセイを集成したものですがこれに加えて、それぞれの著作を発表するに際して書き下ろしも追加されています。たんなる時系列編集でなく、テーマ毎に取りまとめ、槇さんの考え、主張、活動ぶりや思い出などが語られています。全体として槇文彦著作集と考えてもよいのかなと思います。3冊目の刊行のあとも槇さんは精力的に発信されていますが。
 3冊目の『残像のモダニズム』のあとがきのところで、先行する2冊に続き、「私にとっては1960年代からの-それは私の建築家人生とおよそ同時期に始まるが-都市・建築に関するエッセイ集の3冊目あたるもの」と記して、続いて「字数にすれば優に100万字を超えるだろう」と語っています。
 さらに、なぜ、これほど、我々建築家は作品だけでなく、書くことにこだわるのかといえば、「作品の背後にあって、そこには見えないさまざまな事象を、書くということでぜひ記録しておきたいとの衝動を強くもつことがしばしばある」として、さらに、続けて建築の実現の過程において、数多くの関係者や社会からの意見に遭遇する運命を持つ建築家として、「我々は否応なしに社会とは何か、文化とは何か、都市とは何かという問い、そして究極には人間とは何かという問いに対して、自分なりの答えを見出して行かなければならない」と記されています。真摯な問いを持続させる建築家の倫理観、意思を見る思いです。
 建築家や建築批評家の中には多くの文章を物され、流麗なレトリックを駆使して、時には難解な議論を展開する人もいると思います。
 文品という言葉あるのかしれませんが、槇さんの文章は決して簡単に読み通せる内容でない論説もありますが、平明達意の明晰、論理的な文章で、槇さんの人格、品格を想起させる、まさに文品漂う文章だと感じます。声高に主張するのではく、静かに謙抑的に、自分の考え、深い思索、建築家の倫理観に裏打ちされた意見を展開されるエッセイが数多く収録されています。幼少時の思い出や友人たちの交わりを記した心あたたまるエッセイ群、都市への深い思いを語ったエッセイ群等、折に触れて何度も読み返して味わいたくなるエッセイが詰まった本です。