「都市プランナーの雑読記-その2」

2020年5月21日
大  村 謙 二 郎

都市プランナーの雑読記-その2

重松清『季節風 春』、『季節風 夏』、『季節風 秋』、『季節風 冬』文春文庫、2011.08
「季節風」シリーズの4冊

 新型コロナ禍で、緊急事態宣言も発令され、強いられた(?)自己隔離、巣ごもり生活にはいることになりました。錯綜する情報、不安を煽る情報などが氾濫する中で、各種メディアの情報を追うことにつかれ、気分転換を図りたくなります。こういった不安、閉塞状況中で、気が重くなるようなシリアスな重いテーマの小説、悲劇的な小説、残酷な小説などは読みたくないなと思い、ふと思い出したのが重松清のことです。
 重松清の小説は、ずいぶん昔、当時、私の研究室で博士課程に在籍し、現在は琉球大学で活躍されているOさんから、ニュータウンのオールドタウン化を題材にした面白い小説がありますよと紹介されたのが重松清の『定年ゴジラ』を読んだきっかけです。
 詳しいストーリーを忘れたのですが、大手私鉄沿線に計画開発された郊外ニュータウンにマイホームを求め、遠距離通勤してきたサラリーマンが定年を迎え地域に戻り、自分の居場所をどう見つけるか、家族との関係をどう構築していくか、同じ定年仲間で、寂れゆく、老朽化したニュータウンの再生と、自分たちの再生を重ね合わせるストーリーだったと記憶しています。著者重松が30代前半の時に、自分たちの父親世代のことを思いながらつくった小説だそうです。推薦したOさんの見立ては確かで、都市計画的にも考えさせるメッセージを含んだ小説だったと思います。これも不確かな記憶なのですが、この小説の中では、気鋭の女性社会学者がこのニュータウンの問題点などを分析している様子が、それがあたっている面と、なんだかここに住んでいる人たちの神経を逆なでするような形で、書かれていたのを妙に覚えています。
 いずれにせよ、この作品に登場する人たちの個性、特質や人間関係を魅力深く、暖かく描いていた印象があります。ただ、重松の小説を続けて読むことなかったです。その後、NHKで放映されたドラマ『とんび』見ました。若くして妻を亡くした無骨な男が不器用に愛情をこめて残された息子を育てていく、親子の交流、別離、邂逅のストーリーの原作者が重松清だということを知り、この人のストーリーづくりの巧みさに感心しました。
 さて、思い立って、調べたのですが、膨大な重松作品があります。いろいろ、調べた結果、短編集で四季の移ろいを題材に描いたこの4冊に行き着き、古書ネットでまとめ買いのお得な形で入手して、読み出したという次第です。
 本書は2008年9月に単行本4巻の形で刊行されたものを、その後、文庫版で2010年秋に一挙に刊行されたものです。4巻に分かれていますが、ひとまとまりの本ともいえます。各巻ごとに文庫版のためのあとがきが書かれており、このシリーズに取り組んだ重松の考え、意欲などが書かれています。
 各巻12編の短編で、全部で48編となり、それぞれの季節に応じた色合いを意識しながら、書いたということです。読み始めて、すっと読めるのですが。それぞれの短編が味わい深い、感涙を誘う内容のものが多く、これは一気読みにするタイプの本ではないと思いました。また、こればかりにはまるのはどうかとして自制し、基本的にベッドサイドで、一夜毎に3つの話を読むというルールを作り、4日で一冊というスタイルで読んでいきました。ちょっとずつ、美味しいものを、ゆっくり毎日楽しむという感じでしょうか。
 それぞれの巻の短評を記します。
 春の巻では、別れと出会いの季節ということを意識してか、友人関係、家族間のつながりや親子の関係、恋人関係等をつづっているストーリーが多かったです。重松が育った瀬戸内地方(広島、山口など)の方言が適度に混じり、最後は涙腺が緩むような結末で、人々へのおもいやり、やさしさが伝わる、類型的といえば、その通りだが余韻の残るストーリーに感動しました。
 夏の巻の文庫化にあたって、重松は2011年3月の東日本大震災を受けての文庫版のためのあとがきを記しています。東日本大震災を予期していたわけではありませんが、未曾有の大災害を経た日本にとって、ふさわしい短編集となっています。この短編集の1編のタイトル「終わりの後の始まりの前に」という言葉がぴったりのような、いろいろな災害、災厄を乗り越えて、あらたな歩みをはじめる前に考えること、心に浮かぶことなどを思い起こさせる話が作られています。どれも良かったですが、特に感涙を誘ったのが、「あじさい、揺れて」、「ささのは さらさら」、「タカシ丸」の話でした。
 春、夏の巻で、泣かせる話、目頭が熱くなる話が多かったが、この秋の巻では、ちょっとした色合いでさらっとした話が多かったです。それはそれで良かったと思うし、無理に泣かせるような話を作らなくても余韻の残る巧みなストーリーや、ああ、こういったことはあるよなという話があり、感動しました。印象に残っているのは「サンマの煙」で、その他に、「ウイニングボール」、「田中さんの休日」です。
 私は春の巻から読み始めたのですが、冬の巻が「季節風」シリーズの第1巻にあたるとの事です。ただ、読む順序はまったく気にする必要はなかったと思います。文庫版あとがきによれば、重松の一番好きな季節が冬らしいです。この冬の巻はあまり、感涙を誘うようなストーリーではなく、ほっこりした読後感で、余韻と暖かさが残る話が多かったです。春、夏の巻に比べて、その分あっさりしていたかも知れません。小学時代のとなりの家に住んでいた、ちょっと知恵遅れだった「じゅんちゃん」との交流、思い出をつづった話が私には一番印象深かったです。
4巻をよんで。重松は多様な世代の視点、男の子、少年、女の子、少女、中年男性、中年女性など、さまざまな人の揺れ動く感情、つぶやく言葉、会話など見事に掬い取り、友人、男女や家族との出会い、つながり、別れについて、日常で起こりそうなことを題材に読ませるストーリーを創作しているなと感じました。多少の不幸、挫折があったとしても、なんとかそれを乗り切り、救いや、希望があるようなエンディングであり、読んでいて癒やされ、精神がやすらぎます。文学作品としての評価などはまったくわかりませんが、ストーリーテラーとしての重松清の職人芸が凄いなと改めて感じました。
 通例だと、このあと、重松にはまって、次々と彼の作品を読むのですが、あまり、美味しい話、心やすらぐ話ばかりに耽溺してはいけないかなと思い、少しお休みをして、また、違う気分になったとき、気が変わったときに重松の作品に挑戦しようと思います。