「災害廃棄物と終活」顧問早水輝好

災害廃棄物と終活

2021年12月22日
早 水 輝 好

 「災害廃棄物と終活」。一見何の関係もない「風と桶屋」のような題名だが、これが密接に関係しているかもしれないというのが今回のお題である。

 最近、自然災害が増加している。以前は台風や梅雨末期の大雨など、限られた時期に限られた地域で気にしていればよかったのだが、最近は低気圧が通るだけでも突風や竜巻、局地的な豪雨、洪水など、災害警戒情報が頻繁に発せられるようになった。気候変動の影響で、日本の温帯気候が亜熱帯気候に近づいていて、天気が荒くなったように思う。その上に地震が時々起きて火山もあるから、日本はやはり自然災害が多い国だと言える。
 日本では建物の耐震構造や防火対策など、災害対策もそれなりに進んでいて、途上国と比べて人的被害は少ないが、最近よく聞かれるのは「災害廃棄物」の問題である。地震や河川の氾濫の後で、被災した家から運び出された廃棄物が沿道や空き地にあふれている様子がテレビに映し出されることが多い。東日本大震災の時には津波で流されたいろいろな物がハワイや北米まで運ばれた。
 環境省在籍時に、官房総務課長という国会や国会議員との調整を担当するポストにいたことがあったが、その時に災害廃棄物の話題が議員会館でよく聞かれた。地元で何とかして欲しいと言う声が上がっているという。政府でも検討することになり、2015年に廃棄物処理法と災害対策基本法の改正が行われ、いざという時のための指針や計画作りなどが盛り込まれた。また、人材派遣の仕組みも整備され、大きな災害が起きると、環境省や地方公共団体の職員が災害地域へ派遣されるようになった。

 我が家の場合、一応耐震設計はなされているし、近くに大きな川もなく、仮に近所の小河川が氾濫しても、家の前の坂はバス通りに向かって下っているので、申し訳ないが我が家が水浸しになることはないだろうと安心している。ただ、大雨が降るたびに思う。もし洪水に巻き込まれたら、きっととんでもない分量の災害廃棄物が発生するに違いないと。
 我が家では狭い官舎から生活を始め、海外赴任もあったのでなるべく物を増やさないようにはしてきたのだが、それでもそれなりの物がたまってしまった。例えば、スーツケースは海外出張が多かったので違うサイズのものが何個かある。また子供たちへのお祝いでいただいた五月人形とお正月の「弓破魔」と呼ばれる飾りの弓矢セット(いずれもガラスケース入り)がそれぞれ2つずつある。布団も元の一家4人分と客用のものがあり、海外の想い出グッズも多い。このため、家を建てるときに設計士の方に「収納スペースをなるべく多くして下さい」とお願いして、押し入れの奥を階段の下まで伸ばしたり、屋根裏のスペースを当初案の2倍にするなどして収納している。
 自分たちが結婚したときには、双方の実家から「もう戻ってくるな」という意味か、子供の頃のグッズを送りつけられた。子供たちにもそうしようと思ったのだが、堅く拒否され、何とかアルバムだけ送るのが精一杯だった。このため、自分たちの荷物や子供時代のグッズに加え、子供たちの荷物も抱えている。(次男は我が家のことを「第二倉庫」と呼んでいるらしい。「第一倉庫」は奥さんの実家ではないかと想像する。)
 もし災害が起きたら、これらのグッズが山のような災害廃棄物になるのではないか?

 このようなことを考えるようになったのは、数年前に家内の父親が亡くなって、実家を処分することになったのがきっかけである。義弟が遺品の整理をして「これは姉ちゃんのだから」と送られてきた荷物の中に、我が家の結婚式のアルバムや海外での子供たちの写真が含まれていたのである。当たり前のように自分たちの親、子供たちの祖父母に贈ったものが戻ってきて、同じ結婚式のアルバムが2冊になり、せっかく子供たちに送りつけて減らした写真がまた増えてしまった。全く予想もしない事態であった。
 思えば、我々の親世代は、今ほど物に恵まれた世代ではなく、若い頃のアルバムも見たことがなかった。ところが、我々は、学生生活の思い出の品もあるし、生活必需品だけでなく生活を豊かにする品、趣味の品を買いそろえ、電化製品も昔に比べてはるかに多い。災害はある日突然やってくるから、身の回りのグッズが多ければ多いほど、災害廃棄物も増えることになる。我々は災害廃棄物のポテンシャルの中で生きているとも言える。昔に比べて災害廃棄物が増えたのは、もちろん災害が増えたことが最大の理由だが、物質文明の拡大も背景にあるのではないかと思うようになった。

 最近は、自分たちが亡くなった後に子供たちに迷惑をかけないよう、ある程度の年齢になったら「終活」をして身の回りの整理をしなくてはいけないと言われている。自分もそういう年代になってきて、この際、災害廃棄物を減らすためにも「終活」をしなくてはいけないのかな、と思う今日この頃である。でもあの人形や弓破魔(とガラスケース)をどうすればいいのか、いい知恵が全く浮かばない。

 今年のコラムはここまでである。思えばコロナに明け、コロナに暮れる1年だった。近所の神社では来年のお正月も御札の頒布をしないと社務所に張り出されていたが、ささやかな日常が少しずつでも戻って来て欲しいものである。
 来年が皆様にとって良い年でありますように。

2冊になった結婚式のアルバム