「イダ・ヘンデル」

イダ・ヘンデル (9月)

 ヴァイオリニストで誰が好きかというと、イダ・ヘンデルである。ポーランド出身のイギリス人女性である。1920年代に生まれた。生年に諸説あるが今なお存命である。どこがいいかと言うと、思いっきりがすばらしい。音色も好きだが、少しのいつわりもないといった感じの思いきったボウイング。レコーディングでも、イダ・ヘンデルは決してつぎはぎを許さないらしいが、つぎはぎと無縁の人であると思うと、ますます好きになる。80歳代でも現役でCDを残している。
 日本で手に入るCDはどれもこれもすばらしいが、その中で、ピアノをアルフレード・ホレチェクが演奏したヴァイオリン小品集を私は大切にしている。タルティーニの悪魔のトリルから始まる。中でも最高の出来だと思うのが、2曲目に収録されているクライスラーのプレリュードとアレグロである。この曲は、ヴァイオリンの比較的初心者にも与えられる課題曲のようだが、私は数年前にイダ・ヘンデルのCDを聞くまで知らなかった。あまりにすばらしいので、他の演奏家だとどうだろうと、パールマンほか若干の演奏と聴き比べたが、そのときに、自分は、この曲というよりこの演奏家が好きなんだと実感した。1962年の録音だけれども、音もいい。
 ほかに好きなヴァイオリニストにレオニード・コーガンがいる。ロシア人のヴァイオリニストである。コーガンに指導を受けたこともある天満敦子は、「ベシャーッて弾く。スッと弾かない。それがすっごく快感。」なんて対談でコーガンのことを語っていた。それは、光文社の「クラシック名盤この1枚」に収録されている音楽プロデューサーの中野雄との対談だが、演奏に関する対談では出色のものではないかと思う。人の音楽の好悪を聞かせられてもあまりありがたくないものだが、この本はよくできていて、暇なとき読み返す。
 コーガンのCDもいくつもあるが、録音に難があるものが少なくない。ただ、ロカテッリの「墓にて」という名曲から始まるイタリアとスペインの小品集は、録音も悪くないし、独特の世界をつくりだしてすばらしい。ただ、やはり、何と言っても最初にほれこんだバッハのヴァイオリンとチェンバロのためのソナタの全曲を収録したCDがすばらしい。これは、コーガンがすばらしいのか、チェンバロのカール・リヒターがすばらしいのか、それともバッハの曲がすばらしいのか。馬鹿だね、全部すばらしいんだよ!この地球のどこかで、このCDを最も大切な1枚と大事にしている人がきっといることと思う。