都市プランナーの雑読記-その111/吉見俊哉『平成時代』

都市プランナーの雑読記 その111

吉見俊哉『平成時代』岩波新書、2019.05

2026年3月23日
大  村 謙二郎

吉見の新書は結構読んでいる方である。彼は社会学者で、都市現象やメディアについて詳しいだけでなく、政治、経済、文化現象について博覧強記の人で、またレトリックも秀逸の偉才だ。見田宗介の弟子ということだが、見田宗介に影響を受けた社会学者は多い。
この書であるが、腰帯の標語「失敗とショックの30年史」というようにあるように1989年から2019年まで続いた平成の時代を失敗とショックの30年として、経済、政治、社会、文化=メディアの分野毎に、この30年間を読み解こうとしている。
序章でストックホルムにある「ヴァーサ号博物館」という、ある種の失敗の造船史を扱った博物館を例示して、日本では失敗から学ぶ姿勢、失敗を例示した博物館がすくないことが日本の大きな失敗、衰退を招いていると論断している。そこで、吉見はこの新書で平成の時代、30年間を失敗とショックから学ばなかった時代として扱うことを宣言している。
以下、第1章では没落する企業国家として、銀行、家電の失敗を構造的に分析している。
第2章ではポスト戦後政治の幻滅と題して、「改革」というポピュリズムが無残にも失敗したわけ、その反動としての政治主導が如何なる状況をもたらしているかを明確に指摘している。
続く、第3章は、ショックの中で変容する日本と題して、社会はそもそも、目標、目的を設定しがたい領域であり、失敗とはいえないとしても多くのショックを受けて、それへの対応がおかしくなっている状況を、大震災、オウムなどの社会を内在的に震撼させた事項を例に、社会の変容を明らかにしている。
第4章の「虚構化するアイデンティティ」では、この時期の日本のメディア環境、とりわけ、音楽、マンガなどのポップカルチャーの領域で起きた変化=虚構化を「アメリカニッポン」というキーワードで読みといている。
最後の章では、世界史のなかの「平成時代」として、世界的文脈で、日本の平成時代を位置づけ、このまま、放置すると失われる半世紀となることを警鐘している。
頭の良い吉見の整理で、なんとなくすっきりさせられるがちょっと、論理が整理されすぎていて、私の偏見、妄想を刺激するところがすくなかった。これは本書の弱点というより、読者の私の理解力が及ばない弱点のせいなのだが。