都市プランナーの雑読記-その82/下山進『2050年のメディア』

都市プランナーの雑読記 その82

下山進『2050年のメディア』文春文庫、2023.04

2024年8月27日
大  村 謙二郎

 下山進の作品を読むのははじめてであった。文藝春秋のノンフィクション部門の編集者として活動していたが、独立して、メディア関係やアルツハイマー薬開発についてのノンフィクション作品をはじめ、多くの作品を発表している。
 本書はインターネットが勃興してきた時期以降、新たな情報社会の可能性に希望を持って事業化に乗り出したヤフー、発行部数、1000万を超え、独自の宅配制度で世界的にも希有な巨大新聞社として君臨する読売新聞、紙面中心の編集、発行体制からいち早く、有料デジタル化の世界に乗り出し、一定の成果をあげている日本経済新聞の3企業に主たる焦点をあてて、2050年に向かって、メディア産業はどう変わっていくだろうかについて、緻密な取材、資料の読み込みで企業に生息する人びとの感情、価値観まで分け入ってメディア産業の盛衰史を描写している。
 マクロ的には2000年代にはいり、紙の新聞の凋落、減少は顕著になっているようだ。インターネットの荒波をいち早く体験したアメリカでは地方新聞紙の王国であったのが、その様相は急変した。2004年から2018年にかけて1800の新聞が姿を消したとのことだ。
 下山がこの作品に取りかかるきっかけは、2017年6月、日本新聞協会の調査データーのウエブページで、直近10年間で日本の新聞の部数が約1000万部蒸発し、売り上げも5645億円失われたことを知ったのが大きなきっかけだと、あとがきで書いている。
巨大な構造変化が世界、日本のメディアで起こっていることの実態を解明し、2050年に向けてのメディアのあり方を探ろうとの目的で、本作品の作成に取りかかったようだ。
 巨大なプラットフォーマーとなったヤフーは2022年3月期決算で1兆5千億の売上げとなり、朝日・読売・日経の3社の売上総額を上廻っているとのこと。ヤフーは独自ニュースの作成に携わることはほとんど無く、ある意味では新聞社・雑誌社などの情報発信機関からのニュースを受け取り、発信することで大きな利ざやを稼いでいる。ヤフーニュースピックアップという形で閲覧する読者の関心を惹くニュースを選ぶ技術を洗練させ、工夫している点がある種の強みであろうが、何よりもヤフーが巨大プラットフォーマーとして君臨できるのは閲覧者の数、PVの数が巨大であり、それにひきよせられる広告収入が巨大なことにあるようだ。
 本書で知ったのだが、「アテンション・エコノミー」がメディア産業を理解する上でのキーワードになっているようだ。ニュースの質は問題でなく、いかに多くの関心、興味を惹くか、扇情的なシステムがどんどん広がっていく状況が生まれている。
 また、本書で知ったのだが、「人間は即座に反応する機能と、熟慮して判断する機能を持っている」との考えだ。前者をシステム1,後者をシステム2と名づけたのは行動経済学のダニエル・カールマンとのこと。
 下山によれば、現代のウエブ社会は「システム1」を刺激して、注意をひこうとしている「アテンション・エコノミー」が支配的になっている社会ではないか。ネット記事も質の良し悪しでなく、いかに多くの関心をひきつけ、PV数を稼ぐかが主要関心事となり、それが、市場をひきつけているのだから、何とも切ない感じだ。
 本書ではいち早くデジタル化に乗り出した、アメリカのニューヨークタイムス、イギリスのファイナンシャル・タイムズの事情についても詳しく、紹介分析されており、たいへん勉強になった。
 文庫化にあたり新章を加えており、直近のメディアの動向を補っている。たんに規模が大きければよいわけでなく、今までの紙中心のメディアの世界からの脱皮を目指す事例として鳥取県の米子を拠点とするケーブルテレビ局「中海テレビ放送」の地元ニュースの取り上げ方と、それが地域住民に支持され、地域社会と信頼関係を構築して堅実な経営活動を展開していることが報告されている。下山の目配り、取材力の広さ、深さに感嘆した。
 また、衝撃的だったのが文庫化にあたって追加された新章に掲載された図表での新興プラットフォーマーであるヤフーの売上高の推移、読売新聞基幹6社の売上高の推移、朝日、日経の売上高推移の対比である。96年に事業を開始したヤフーの2000年の売り上げが51億円にすぎなかったのが、2021年には1兆5674億円となんと307倍の売り上げとなり、朝日・読売・日経の売上総額を凌駕する額となっている。いかにヤフーが巨大プラットフォーマーとなったのかが示された慄然たるグラフだ。一方で、読売は2002年の売り上げ4896億円が2021年には2562億円と、47%以上売り上げを減少させている。紙媒体としての新聞を維持していくと述べているがその先行きはきわめて厳しい。
 朝日と日経の対比も衝撃的である。2002年時点の朝日の売り上げは4061億で、日経の2238億の倍近い売り上げを示していたが、その後の朝日の売り上げ減はつるべ落としのごとくで2021年に1881億と、半減以上の凋落ぶりだ。朝日はデジタル対応が遅れ、成功していないようだ。日経はやはり、2003年時点と比べると売上高を減らしているが2015年以降は、デジタル化が着実に進んでいるようで、売り上げも横ばい気味で、2021年は1807億であり、朝日と変わらない売り上げとなっている。この傾向が推移するならば、いずれ、朝日は日経に売り上げで抜かれることになりそうだ。老舗の週刊誌であった週刊朝日も廃刊されたことだし、老舗巨大新聞社朝日は危機的状況をまだまだ脱し切れていないようだ。
 本書では読売グループのトップとして、優れた見識を持つ山口寿一のことが紹介されている。読売についてはあまり良いイメージを持っておらず、読売新聞を購読、閲覧したことはほとんど無かったので、読売を見直すきっかけとなった。
 メディア産業に何が起きているか、この先どうなっていくかを考える上で有益な本であった。