都市プランナーの雑読記 その68
友田健太郎『自称詞<僕>の歴史』河出新書、2023.06
2023年12月7日
大 村 謙 二 郎
自称詞という言葉があるとは不勉強で知らなかった。私もある時期までは、<僕>という言葉をつかっていたが、いまでは会話の中でもそれほど使わなくなっている。歳をとると私的なエッセイや友だちへのメールでも、<僕>という表現はほとんど使わなくなってきている。なんとなく、気恥ずかしくなったのか。よくわかりませんが。
ほとんど意識することがなかった<僕>の使用についてその歴史的由来、ジェンダーギャップまで踏み込んで解き明かそうとした、ユニークな著作が本書です。著者は在野の歴史研究者と称している。新聞社に勤めていたようです。本書は放送大学の修士論文をベースにしており、放送大学の指導教員の原武史が本書の執筆を推奨してくれたとのことです。原武史は鉄道、天皇、団地等の歴史的社会学的分析で数多くの著作を刊行されており、私も何冊か愛読している。
さて、本書ですが、まだ、論文のなごりがあり、論文調の生硬な表現やちょっとマニアックで冗長な箇所があるが、それでもなぜ<僕>という言葉づかいが明治以降、男性だけに普及したのか、対等な交友関係を示す言葉づかいが<僕>の中に込められていた経緯を歴史的に解明しようとしており、興味深く読めました。
章の構成は次の通りです。
第1章 <僕>という問題
第2章 <僕>の来歴 古代から江戸後期まで
第3章 <僕>、連帯を呼びかける 吉田松陰の自称詞と志士活動
第4章 <僕>たちの明治維新 松蔭の弟子たちの友情と死
第5章 <僕>の変貌 「エリートの自称詞」から「自由な個人」へ
終章 女性と<僕> 自由を求めて
古代においては宮廷などで<僕>が使われていたが、鎌倉時代の武家政権以降、長い間なぜ<僕>が使われなかったのかは、友田氏の説明では判然としないところもあります。
それにしても多くの史料、文献を博捜して自称詞<僕>の歴史を解明した労作だとおもいます。こういった分野でもすこしは関連研究があるのだと知り、文学研究、歴史研究の拡がりというかマニアックな世界の広さを痛感しました。