都市プランナーの雑読記 その67
森まゆみ『子規の音』新潮文庫、2019
2023年11月30日
大 村 謙 二 郎
ずいぶん時間がかかったが、味読しつつ読み終えました。2017年に単行本の形で刊行された書の文庫版です。この人の、谷根千、三部作ではないかも知れませんが、「鷗外の坂」、「千駄木の漱石」もそれぞれ、面白く読みました。
谷根千の地域雑誌を編集、刊行し、根岸、上野、谷中、根津、本郷、神田、三ノ輪など地域誌に詳しい、森まゆみならではの、ユニークで、力作の評伝です。彼女の鷗外、漱石の作品に共通して、対象とする人物の個性、特質に引き寄せられるように、活き活きとその人が生きた時代、環境、人々との交流を魅力的に描いています。
35年足らずの短い人生と思われる正岡子規がいかに小さいときから、エネルギーをあふれさせ、生き急ぐようにいろいろなことに好奇心をつのらせ活動してきたか。異常な集中力、持続力で、没頭したことを次々と俳句、短歌、エッセイ、評論、紀行文さらには友人への膨大な手紙、はがきという形で書いてきたか。病床にあって、音に敏感になり、目で写生するだけでなく、音でも写生する文体を開発してきたことを描いています。
明治の青春記ともいうのか、子規のまわりには多くの個性あふれる人々が子規の磁力に引き寄せられ、彼の魅力のとりことなり、終生、子規と交わる様子も描かれています。それにしても天真爛漫で、結構わがままで、勝手気ままに振る舞っている子規にまわりの人々が納得して、温かく子規に接しているのは子規の人徳なのでしょうか。
本書で随所に記載されている。子規の食欲の旺盛さ、グルメぶりには驚嘆させられます。何かに憑かれたように食べていたのかも知れないが。それが、7年近くの病床生活を支えた源なのかもしれません。また病床にあっても表現意欲、創作意欲は旺盛であり、しかも寂しがり屋なのか、まわりに誰かがいないと、呼び出すなど、本当に愛すべきキャラクターだったようです。
子規の音にまつわる俳句といえば、
「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」ぐらいしか思い浮かばなかったのですが、いろいろ音に関わる名句があるようです。
この書の帯には
鶯や木魚にまじる寛永寺
くらがりの 天地にひびく 花火哉
凩や 迷ひ子探す 鉦の音
等も、音を使った俳句が掲載されています。なるほどという俳句です。