コラム第24回
理系・文系
2023年8月24日
早 水 輝 好
私は化学工学科の出身なので理系ということになる。少なくとも、算数や理科が好きだった小学校やその延長の中学校では何の疑問もなくそう感じていた。
しかし、高校で物理を習い、数学で微分・積分や行列を扱うようになると、その考えが揺らぎ始めた。電気がなぜ流れるかがどうしても理解できず、数学も解けない問題が増えてきたのである。好きだった天文分野は数学と物理の知識・能力が必須であり、早い段階で進路の選択肢からはずした。
それでも、現象を追いかける化学の世界に興味を見出して、高校では理系クラスに入り、そのまま大学も工学部化学工学科で修士課程まで進んで卒業することができた。
ただ、自分の理系としての才能に疑問を感じることは、他にも時々あった。例えば、一時流行したルービック・キューブ(6色の表面で構成される26個の小立方体を各面が同色になるような大立法体に組み替える立体パズル)はどうしても1面かせいぜい2面までしか完成できなかった。大学の講義でも理解不能の内容が徐々に増え、何とかごまかしながら単位をとったものの、理論的な道筋を最後まで考え通すことができないと感じるようになった。
結局、私は理系でもメーカーに就職せず、研究者にもならず、役人になった。自分で実験したり計算したりすることはほとんどなく、他の人が得た知見を集めてそれをもとに基準を作ったり、規制の仕組みや対策を考えたり、それらの内容を上司や関係者に説明したりするのが仕事になった。理系と文系とが融合したような仕事を約35年間続けたことになる。
最近、コピー機の前でコピーの完成を待ちながら、この機械はどうして紙を詰まらせずこんなに複雑な両面コピーやホチキス止めができるのだろうと感心することがある。こんな機械を作れと言われてもとても自分では無理なのに、紙が詰まったと言ってメンテの会社に私も同僚も文句を言う。以前、元日本学術会議会長で航空工学の権威であった近藤次郎氏(故人)が「みんな飛行機が落ちるとどうして落ちたかと聞きに来るが、誰も飛行機はどうして飛んでいるのかとは聞きに来ない。飛行機を飛ばす方がはるかに難しいのに。」と話されたことをコラムに書いたが、全く同じことである。コピー機の前で感心しているようでは、バリバリの理系としてメーカーに行かなくてよかったとつくづく思う。
理系の人間は理屈っぽい。理由がわからなかったり、説明の筋が通っていないと気持ちが悪いのである。このため、「どうしてそうなったの」と何気なく尋ねて家内に嫌がられることがよくある。こちらに悪気はなく、ファクトベースで質問をしただけなのに、「問い詰められている」ように感じるらしい。確かにそうかもしれない。以前、千葉市に出向しているときに、私(部長)や助役・市長への説明ペーパーがやたら細かいことがしばしばあった。化学・薬学系出身の部下が多く、説明を尽くそうとして細かくなるのである。市長や助役はそんなに説明を聞いている時間がないのだから、と私が何度も添削したが、彼らの気持ちがわからないではなかった。
しかし、理系・文系はそんなにはっきり分けられるものでもなさそうである。我が家の子供たちは2人とも理系に進学したが、タイプが違っていた。長男は理屈っぽいところやその理屈が時々暴走して話が飛ぶところが私に似ていて、数学も得意そうであり典型的な理系人間だった。次男は数学があまり得意でなく、パターン認識で「あの時こうだった」と思い出す特技があり、理屈より感性で生きている典型的な文系人間の家内にむしろ似ていた。しかし結局次男はメーカーの研究職に収まり、長男は研究職から転じて今はメーカーで営業的な仕事をしているらしい。元々人間には理系・文系の両方の要素があって、どちらがどの程度得意なのかは、人によって様々なのだろう。その差が紙一重の人も結構いるに違いない。
そういえば、私の化学工学科の同期の一人はリクルートに就職し、当時珍しいと言われたが、その後めでたく社長になった。もし今高校や大学で進路に迷っている方(又はその親御さん)がこれを読まれたなら、そんなに気にしなくても収まるところに収まるんだよ、とお伝えしたい。
(企業不動産・環境法研究会会員の方への追記)
そもそも今回のコラムを書くきっかけは、私の環境省での元同僚(途中で転じて今は大学教授)である藤倉良・まなみ夫妻が出版した「文系のための環境科学入門」という本である。わかりやすい解説書であるこの本に触発された(らしい)小澤所長から私に、「企業不動産・環境法研究会の会員向け集中講座で、環境科学を文系にもわかりやすいように解説してほしい」と依頼があったのが昨年春のこと。そんな難しいことできません、と断ろうと最初は思ったが、一応「科学」の分野で事務所の顧問となっている身としてこれを断るのはいかがなものかと思い直した。とりあえず昨年は準備の時間が足りないということで1年延期していただき、今年の(本職の方の)土壌環境センターの夏休み期間中に資料を作成して9月に講演を行うことにした。3回分の資料が9割方でき上がり、何とか間に合いそうになったので、ついでに関連するコラムも書いておこうと思った次第である。
前述したように、私は科学者ではなく、多分野で科学を正しく説明することは難しい。このため、集中講座では、自分の昔の仕事の内容に寄せて、科学から政策をどのように導くのかに軸を置いてお話しすることにしようと考え、タイトルを「環境科学の基礎と環境政策への応用」とした。環境科学は単純なものではなく、不確実性がいっぱいである。その中でどんな科学をどのように政策に結び付けるのかについて、その橋渡しをしてきた自分の仕事を振り返りながら、なるべくわかりやすくご説明できればと思う。
「環境科学の基礎と環境政策への応用」の理解を深めるための参考図書。左から以下の通り。
・文系のための環境科学入門(新版)(藤倉良・藤倉まなみ著)
・環境問題のとらえ方と解決方法(岡田光正、藤江幸一編著)
・地球環境問題がよくわかる本(改訂版)(浦野紘平・浦野真弥共著)