顧問大村謙二郎「都市プランナーの雑読記-その58/高峰秀子『わたしの渡世日記』上下」

都市プランナーの雑読記その58

高峰秀子『わたしの渡世日記』上下、新潮文庫、2012.01

2023年4月17日
大 村 謙 二 郎

無類の読書家であり、数多くの書評活動も行っている経営学者の楠木建さんが高峰秀子を激賞している文章をネットで読み、高峰秀子の文章は読んだことがなかったので興味を覚えました。数ある高峰秀子の著書の中でも楠木さんの一押しが彼女の出世作であり、いろいろな文学賞を受賞した『私の渡世日記』であることを知り、ネット古書で入手して読んだ次第です。
上下2巻で、すき間時間を利用しつつ読んだので、時間がかかったのですが、想像以上に面白かったです。
高峰秀子の映画を見たことがあるのだろうがあまり記憶もなく、これといった印象はありませんでした。調べると300本以上の映画に出演し、1929年(昭和4年)に5歳で子役デビューし、天才子役として一躍人気者となり、数多くの映画に出演するようになります。1979年に女優を引退し、エッセイストとして活躍するのですが、その間、数多くの映画作品で主演をつとめ、つねにトップの地位を維持し、活躍してきた日本映画を代表する大女優です。
『わたしの渡世日記』は1975年から週刊朝日に連載されたもので、それをまとめたのが本書です。ちょうど50歳の時点での彼女が書いた自叙伝に近い半世記ということです。この書を読んで知ったのですが、彼女は想像を絶するような過酷な人生を歩んできた人です。
彼女は5歳で映画デビューしますがその後、まともに学校に行くこともなく、読み書きも出来ないような状態で育ってきました。また、複雑な家庭環境の下で生まれ、彼女の母親は実の母親でなく、実の父親の妹にあたる叔母さんにあたる人でした。高峰秀子はこの人を母として、彼女の下で愛憎こもごもの状態で、複雑で過酷な人生をおくることになります。ある意味では高峰秀子の映画での稼ぎを搾り取り、彼女を酷使した鬼母であったようで、よく彼女はこの鬼母と一緒に暮らしてきたなと驚くほどです。さらに、売れっ子の映画スター高峰秀子であるデコちゃん、に群がる肉親、関係者が多数おり、彼女の稼ぎに寄生する状態が長い間続いたことなど、よく50年にわたって、活躍し、自立した芯のある女性、女優として大成したものだと感嘆します。
無学文盲に近い彼女だから、このエッセイが公刊されたときに本当に高峰秀子が書いたのか、ゴーストライターがいたのだろうとの噂が立ったようですが、実際には彼女は才能溢れるというか、天才的なエッセイスト、名文家であり、この渡世日記を一級の作品として、独力、自力で書き上げています。このエッセイで日本エッセイストクラブ賞を受賞したそうです。
子役稼業が忙しくて学校に行くこともできず、まともに文字が読めない時代は口移しで読まれた台詞をすべて暗記して、映画に臨んだようだ。すこし読み書きできるようになると台本を深く、内在的に理解して、読み取る能力を見につけたとのことです。
この渡世日記は小さいときから、少女時代を経て、大人の女優にいたるまで、思い出の人びと、映画の思い出などを交えながら、つらい思いでも淡々と記述しています。義母との葛藤、親族とのトラブルも冷静に感情を抑えて書いており、その抑制された筆致に感動します。
彼女が傑出しているのは自分を客観的に冷静に見ることができ、廻りの評価やお追従に惑わされることなく、過剰なくらい自分を低く見るくらいで物事に対処してきている姿勢だと思います。
長い映画人生の中で、人の本質、真贋を見抜く能力を見につけたと思われますが、一方で大胆でもあり、人の真贋、人の値打ちを直感的に評価できる力を長い映画人生で身につけてきています。多分、そういったデコちゃんの能力、資質を見抜き、彼女を好きになった優れた監督、芸術家、芸能人が彼女の廻りにいて、彼女を助けてくれ、支援してくれたのが彼女の成長、飛躍につながったのだろうと思います。
梅原龍三郎、新村出、谷崎潤一郎、志賀直哉、木下恵介などの一流人との出会い、交流があった様子をこれも自慢話でなく、人と人の交流として巧みにこのエッセイで描いています。また、こういった有名人、文化人だけでなく、映画産業を支えた数多くの無名の人たちに対するこまやかな配慮に満ちた記述もデコちゃんの人間として大きさ、立派さを象徴しています。また、この書は映画産業草創期の事情や映画に関わる人びとの生態が具体的に描かれており、戦前、戦後を通じての映画界をとりまく事情を知る上でも貴重です。
新潮文庫版の解説は沢木耕太郎が執筆しています。さすがの高峰秀子評価で高峰秀子の美質を的確に捉えています。毅然とした生き方、権威に阿ることなく、自立した姿勢で世の中、人生に対処してきた大女優であり、名エッセイストであり、生活の達人でもあったようです。
楠木建さんが高峰秀子は自分の人生の師匠であると激賞し、高峰秀子の数ある作品、エッセイの中でもまず読むべき本としてこの『わたしの渡世日記』を推奨したのは肯けます。