顧問鷺坂長美「救急救命士」

救急救命士

2022年7月11日
鷺 坂 長 美

 先日、「救急救命士法施行30周年」という記事が掲載されていました。救急救命士法の所管は厚生省でしたが、消防庁救急救助課長時代(1999年~2001年)に少々かかわっていました。当時の思い出話です。
 病院外で急病になったときに救急車で病院に搬送する救急業務は、日本では消防機関が担っています。1963年の消防法の改正で、消防機関の業務として救急業務が追加されましたが、法律上は搬送することのみでした。
 心筋梗塞等で倒れた方にとっては、病院へ搬送するまでにいかなる処置が行われるかで救命率やその予後の状態が異なってきます。アメリカでは、既に救急隊員を一種のメディカルスタッフに位置づけ、救急隊員が病院へ搬送するまでの間に救命処置をすることによって救命率の向上や予後の改善につなげていました。消防庁でも救急隊員の訓練をすることで、病院へ搬送するまでの間、なにかできないか、ということもあり、1986年改正で救急業務に「応急の手当」という文言を加えました。しかし、心肺停止患者には、いわゆる3つの処置、①気管内にチューブを挿管して空気を肺に確実におくること、②細動をおこしている心臓に対して電気ショック(電気的除細動)を与え心拍を回復させること、③強心剤等の薬剤投与すること、などの処置が病院に搬送される前になされなければ、救命率の向上に結びつきません。そうした行為はまさに医療行為であり医師でなければできない、とされていました。
 当時、そうした課題について、マスコミでも取り上げられ、世論の盛り上がりを受けて、救急救命士法が1991年に制定されました。
 私が救急救助課長になったのはその後数年たったころです。救急救命士であってもできる救命処置は限られ、前述した3つの処置も事実上できませんでした。確か電気的除細動も医師の具体的な指示がその現場で必要だったと記憶しています。厚生労働省も一定の問題意識をもっていたと思います。病院前救護のあり方についての検討会が立ち上げられ、救急救命士のできる処置範囲の拡大等について議論が行われましたが、医師会等の理解を得るのも難しく、なかなか進みません。法では救急救命処置は医師の指示のもとで行うことになっていますので、処置範囲の拡大の前に各地での救急隊員と医師との連携体制をまず構築してはどうか、そうした体制を構築することで処置範囲の拡大への理解も得られるのでは、と考えられました。メディカルコントロールといいます。当時はネーミングのこともあり消防機関サイドからはあまりいい評価は聞かれませんでした。
 前回のコラムで書いたアメリカのテレビドラマ、シカゴファイヤーを見ていると救急隊員は現場に到着すると必ず応急処置をします。特に心肺停止患者に対しては、手動による電気的徐細動、気管内挿管による気道確保、静脈路確保のうえの薬剤投与です。アナフラキシーショック患者についても薬剤投与等が行われます。ドラマなのでどこまでが実態を反映しているか、わかりませんが、医療ドラマはリアルでないとヒットしないお国柄ですので、実態を反映しているのではないでしょうか。ドラマの中は、医師が何かあって救急隊員になったり、逆に救急隊員がその後猛勉強して医師になったりしています。医師と医療従事者が教育課程から完全に分かれている日本と違い、アメリカではメディカルスタッフの中で様々な資格があり、資格により一定の医療行為もできると聞いたことがあります。最終的には傷病者第一に合理的に制度ができているのだろうと想像しています。
 消防行政から離れて20年近くたちますが、現在では救急救命士のできる処置範囲も拡大され、電気的除細動は自動除細動器が開発されたこともあり、資格がなくてもできますし、気管内挿管による気道確保や一定の薬剤投与も業務としてできると聞きます。
令和3年度の救急出動件数は500万回以上といいます。ドクターカーやドクターヘリを使って医師が現場に急行する仕組みが十分でない以上、救急救命士による救急救命処置の充実が今後も図られることを期待しています。