弁護士小澤英明「花の香り」

花の香り(2022年7月)

2022年7月1日
小 澤 英 明

 昨年秋、母が逝った日、お通夜の段取りを葬儀社の方と打ち合わせた。母が喜ぶようにと、勧められるままにたくさんの花を飾ることにした。家族葬にしては豪華なものになって、百合の花がたくさん飾られた一室ができあがった。3歳になる孫が、遺影の脇を通り過ぎた際に、「ちょっと臭いけど、いい匂い」と言った。言い得て妙で、以後、私も百合の匂いには敏感になった。梅雨が明けた先日、日比谷公園の一角を横切ろうとしたら、その百合の強い匂いがした(写真参照)。
 花の香りで私が好きな庭木は、金木犀や沈丁花やクチナシで、自宅の庭に大きな金木犀の木があるので、9月の終わり頃になると、待ち遠しい。花はごく小さく、金色の十字のかたちをした留め金みたいで、派手なところは少しもないが、数日は庭全体を良い香りで包んでくれる。クチナシは一度、ガーデンセンターから苗を購入して庭に植えたが、オオスカシバの幼虫にやられて無残なことになった。白い花も美しく、もう一度挑戦してみたい花である。沈丁花は佐世保の実家にあった。これも栽培したいが、庭のスペースと相談である。バラにもいい香りの種類がたくさんある。しかし、バラは日本の気候のもとでは病害虫に弱いので、私の庭では2種類しか育てていない。バラの香りもいいものだが、どれも私には少しバタ臭く感じられ、匂いにつられて道を迷うほどの魅力はない。バラはやはり、色とかたちであり、色とかたちではほとんど他を寄せ付けない魅力がある。葉も美しい。これらの点で、たちうちできるのは椿くらいかもしれない。ただ、椿にはまったく匂いがない。サザンカと交配した品種にわずかに匂うものもあるけれど。
 これまで育ててきた花の中で、一番好きな匂いの花は、ランかもしれない。問題は、私がいくつもランを育てて(と言うよりも、一冬だけ面倒を見て、というのが正確だが)、ランの花はやはり、香りが最高だなと思うようになってから、これまで育てたランの中でどの花の香りが一番よかったのかを言えないことで、これは、多すぎて言えないというのではなく、あまり気にしていなかったから名前は覚えていないけれど、あとで思い返したらあの子がよかったという類の話で、今は、もう同定できない。緑色に近い白い色のランで、ミントの香りがしたような。ランは、花を咲かせるのが難しい。花芽がある苗を買ってきて、一冬、日のよく当たる暖かい部屋で、霧吹きで湿気を与えながら育てると、きれいに咲いてくれて楽しめるのだが、翌年以降の花芽をつけさせるのがとても難しい。春から秋までは花が咲かず、その期間も強い日差しは厳禁で、風通しのよい庭先でこまめに水をかけて世話が必要であり、なまけ者は手を出さない方がいい。
 花の香りはさまざまで、多くの魅力があるが、なぜ、花がここまで人間をもひきつける匂いを発するのかは興味深い。蝶や蜂は嗅覚が優れているようだが、蝶や蜂が好む匂いと人間が好む匂いが同じと言うのも不思議である。かつて、ある女性とすれ違うといつもお風呂上がりのいい匂いがすると思うことがあった。その後かなりたって、石鹸の匂いの香水というものがあるということを知って、なぜか騙されたような気がしたことがある。