硫酸ピッチ
2021年8月20日
鷺 坂 長 美
環境省の課長時代、2003年ごろのことですが、硫酸ピッチ問題が浮上しました。
硫酸ピッチは、石油精製過程等の硫酸洗浄工程(不純物を硫酸で取り除く工程)で生ずる残留物、副産物で、著しい腐食性を示し、有毒ガスの発生など人の健康や生活環境に重大な問題を引き起こすものです。これを詰めたドラム缶が山間部に放置され、それが腐食し、内容物が流出し、周辺環境に大変悪影響を与えているという事件でした。大きな社会問題となりましたが、なんと調べてみると全国いたるところで同様の問題が発生しているといいます。直接の担当ではないため、詳しいところまでは承知していませんでしたが、早速対策を講じなければ、ということになりました。
前回のコラムで全国地方税務協議会の役割の一つとして不正軽油対策のことに触れましたが、硫酸ピッチ問題もこれと関係しています。大型トラック等のディーゼル自動車は軽油を燃料とし、軽油引取税が課税されています。ディーゼル機関は精製度の低い燃料でも十分走行可能で、軽油引取税のかからないA重油と灯油等を混和させて密造した不正軽油でも運行できます。脱税行為、違法行為です。そこで、課税当局と石油精製会社などが協力してクマリンという識別剤をA重油や灯油に入れることになりました。1990年ごろです。クマリンはブラックライトを当てると蛍光反応を示し、路上でも容易に不正軽油かどうか検査でき、不正軽油の摘発に効果を発揮しました。ところがです。なんと不正軽油の密造業者はこのクマリンを濃硫酸で除去し始めました。この除去作業により硫酸ピッチが残留物、副産物として発生します。 もともと正常な経済活動から発生する副産物ではありません。違法行為により生成する副産物です。適正な処理は期待できません。不法投棄されることになったと思われます。
課税当局側では地方税法で罰則を強化するとともに、全国地方税務協議会の中に軽油引取税関係の協議会を設置し、不正軽油撲滅に努力することになりましたが、環境省としても、廃棄物処理法の改正を行い、硫酸ピッチを指定有害廃棄物として特別の保管、収集、運搬、処分の基準を定め、基準に反する取り扱いを禁止しました。
硫酸ピッチに関する詳細な基準案を見たときは、正直言って少々驚きました。もともと違法行為から生成されているものなので、いくら基準を定めたところで守られるはずはなく、意味がないのではないか。クマリンの除去は意図的に行われることから、硫酸ピッチも意図的に生成されている。詳細な基準を作らなくても意図的な生成を禁止してしまえばいいのではないか、と思いました。法案の担当者に聞くと、正常な経済活動である石油精製の過程でも生成されるということのようでしたが、違法行為の取り締まりに膨大なエネルギーをかけて詳細な基準を作ることになにか釈然としない思いを持ったものです。
最近では、課税当局の摘発強化とともに、識別剤クマリンに頼らない検査により、こうした不法投棄は少なくなってきているようです。自動車用軽油に含まれる硫黄分は排ガス規制により規制が強化されています(2005年以降の規制基準は10ppm)ので、硫黄分の検出でも不正軽油かどうか検査できるようになったということのようです。