「新型コロナウイルスと建物賃貸借 Q&A」

2020年4月6日

新型コロナウイルスと建物賃貸借 Q&A

 新型コロナウイルスにより日本はこれまでにない社会状況となっています。人の移動が自由にできないという事態はこれまで想定されていませんでした。以下に、いくつかの典型的な事態について、建物賃貸借の関係当事者の法的責任を整理したいと思います。

Q1  当社が所有している建物の商業テナントから賃料減額の要求を受けました。月100万円を月30万円にまで減額してほしいというのです。新型コロナウイルス問題で週末の外出自粛要請が都知事から出て以降、客足がばったりとだえて、休業するからとのことです。事態がおさまればすぐにでも再開したいということで、賃貸借解約の申出ではありません。なお、当該テナントとの賃貸借は定期建物賃貸借であり、賃貸借期間の5年間は賃料増減請求を互いにしない約束になっています。テナントの減額要求は法的に理由があるでしょうか。

A1  現時点で建物賃貸借の一部または全部が履行不能であると言えるかの問題があります。クリアな線は引きがたいですが、テナントの営業の内容によっては、一部履行不能状態と考えることができるのかもしれません。そうであれば、民法536条1項の類推適用が可能です。すなわち、賃貸人にも賃借人にも責に帰すべき事情がなく、完全な安心できる賃貸スペースの提供(賃貸人にこのような義務があることは民法601条が根拠となります。)を賃貸人ができない状況であるとして、反対給付である賃料の一部の支払については、テナントの義務が消滅する(改正前民法)又はその義務の履行を拒める(改正民法)という理屈が成立しそうです。ただし、客足が途絶えたかどうかというよりも、当該建物での当該営業が社会的に望まれていない状況かどうかが重要な判断基準になると考えます。
 事案は異なりますが、阪神淡路大震災でライフラインが断絶していた期間の賃料が問題になった事案で、裁判所が「賃貸借契約は、賃料の支払と賃借物件の使用収益とを対価関係とするものであり、賃借物件が滅失に至らなくても、客観的にみてその使用収益が一部ないし全部できなくなったときには、公平の原則により双務契約上の危険負担に関する一般原則である民法536条1項を類推適用して、当該使用不能状態が発生したときから賃料の支払義務を免れると解するのが相当である」として、上下水道及びガスが使用不能であった期間について、7割の賃料減額を認めた神戸地裁平成10年9月24日判決(LLI/DE判例秘書 判例番号L05350680)があります。この判決では民法611条の賃借物の一部滅失の規定の類推適用は否定されましたが、民法611条の類推適用も考えられる構成です。
 もっとも、商業テナントと言っても、建物のコンセプトそのものをテナントサイドが決定しており、建物賃貸人は、そのテナントの要望に応じて、資金を提供して建物を建設したにすぎない場合もあると思われます。そのような場合などは、当該建物でテナントが事業を行えるか否かのリスクは、テナントがすべて負うものとの暗黙の合意があって、賃貸人の義務は当該建物を提供することにとどまると考えることが適切であろうと思われます。
以上のとおりですから、何が法的に認められるかは事案ごとに慎重に検討することが必要ですが、賃貸借契約で約束した賃料であるから何が何でも必ず全額支払われるべきものと考えることは短絡的であると考えます。

 

Q2   国または地方公共団体からの外出自粛要請がなかったならば、答えは変わってきますか。

A2   外出自粛要請があれば、建物の利用可能性が低くなるということは言えます。しかし、公的な要請があるかどうかは、完全な安心できるスペースを賃貸人が提供できる状態にあるか否かの判断にあたって重要な要素にはなりますが、公的な要請が遅れる場合もあります。したがって、その状態にあるかどうかの判断に公的な要請があるかは決定的な要素にはなりません。

 

Q3   商業テナントではなく事務所テナントでは、答えは変わってきますか。

A3   事務所テナントの場合は、不特定多数の来客がある商業テナントの場合とはかなり状況が異なると思います。しかし、事務所用途のテナントの場合も、従業員の自宅待機やテレワークが推奨される状況の中では、完全な安心できる賃貸スペースの提供が十分にはできていないのではないかとも言えます。そう考えると、程度には大きな差があるものの、商業テナントと本質的には同様の問題があると思われます。前述の神戸地裁の判決に言う「公平の原則」から、状況によっては、賃料支払い義務の一部が免れる場合もあると考えます。

 

Q4  普通借家では、答えが変わってきますか。

A4   普通借家の場合は借地借家法32条の賃料増減請求権を完全には排除できません。つまり賃料減額請求権を排除する特約は無効です。したがって、新規賃料が急激に低下している状況があれば、従来の建物賃貸借の賃借人は、賃貸人に賃料減額請求を行うことを検討するべきだろうと考えます。注意点は、裁判所で結論が出るまでは、従来の賃料を払い続けないと賃貸借が解除されるリスクがあるということです。なお、この賃料減額請求権とA1で答えた賃料減免との違いですが、A1で説明した賃料減免は、今回の新型コロナウイルス問題で賃貸スペースを賃貸人が完全に安全な状態では提供できていないということを根拠にするものですから、賃借人からの賃料減免の要求があるか否かにかかわらず、賃料の全部又は一部が当然に発生しない(改正前民法)、又は賃料の全部又は一部の支払いを拒める(改正民法)と考えるものです。

Q5   当社が所有している建物の一つのテナントの従業員が新型コロナウイルスに感染したことがわかりました。建物の他のテナントに直ちに通知する必要はありますか。また、建物をクローズする必要はありますか。

A5   他のテナントに状況を正しく速やかに情報提供する必要があります。その提供が遅くなって他のテナントの従業員や顧客に新型コロナウイルスの感染が広がれば、他のテナントから民法717条の土地工作物責任の「保存の瑕疵」の責任を追及されるリスクがあります。なお、建物をクローズすべきかどうかは、期間やクローズする建物部分など精密に考えるべきですが、感染の拡大を他の合理的な方法で防止できると言える場合を除いて、民法717条の土地工作物の占有者又は所有者の法的リスクを避けるために必要な場合があると考えます。そのような場合は、当然、クローズする期間の賃料は発生しません。また、特段の事情がない限り、新型コロナウイルスに感染した従業員のいるテナントに対しても損害賠償請求はできません。

 

Q6   外出自粛の要請や外出禁止の指示が国や地方公共団体からあれば、もう当店の商売はできません。国に対して損失補償の請求はできないのでしょうか。

A6   外出自粛の要請や外出禁止の指示があったからと言って損失補償の請求権が発生することにはなりません。外出自粛の要請や外出禁止の指示があるということは、外出自体が公共の安全の立場から望ましくないか、禁じられるにふさわしい状態であるということであって、国民が等しく甘受しなければならないことだからです。つまり、外出自粛の要請や外出禁止の指示により、国民の誰かが特別偶然の損失を受けるわけではないので、損失補償請求権が発生する根拠がありません(建物の強制的借り上げのような場合は特別偶然の損失が建物所有者に発生しますので、損失補償は権利として当然に請求できます。)。しかしながら、そのような要請や指示が行われる場合、国は、経済秩序の維持や弱者救済の立場から、困窮者に各種の手当て(助成金や給付金)を用意する必要に迫られることがあると思います。それは、その時点での政治判断です。                    

以上