インタビュー 鎌野 邦樹

岩瀬香奈子さんにインタビュアーになっていただいて、当事務所メンバーにインタビューをしていただきました。岩瀬さんは、株式会社アルーシャの代表取締役であり、その事業において難民を積極的に雇用されるなど難民の支援に熱心に取り組んでおられるとともに、長年弁護士のヘッドハンティングにも従事され、弁護士業界に通じておられます。

岩瀬:先生は早稲田大学の法科大学院で教えておられますが、どういう授業をお持ちなのでしょうか。毎年、内容は変わるのですか。

鎌野:早稲田大学・大学院には各先生「4コマルール」というものがあり、4コマを担当しています。大学院最終の3年生を対象に、必修科目である「民法総合演習」を受け持ち、25名程の生徒が受講しています。選択科目では、「応用民法」を担当しています。司法試験を控えているので重要な判例を中心に、10人前後の生徒に教えています。また、「不動産法特講」も担当しています。
学部も受け持っていまして、今日も授業をして来ましたが、「民法Ⅲ 債権総論」(主として債権総論の後半)という科目を担当しています。主として2年生の600人程を担当しているので授業以上にテストの採点が大変です。
他に後期は慶応義塾大学でも「団体法」を教えています。非営利活動法人やマンションの管理組合の法律問題を会社法と比較しながら授業を行っています。
早稲田大学では10年程教えており、その前は20年程千葉大学で教えていました。

インタビュー 鎌野 邦樹

岩瀬:鎌野先生がそもそも法律学の研究の道を進まれるようになったのはどういうことからでしょうか。

鎌野:早稲田大学在学中は「弁護士になりたい」という気持ちも殆どなく「もう少し勉強しようかな」と軽い気持ちでした。「大学院で2年位勉強して、その後は公務員になろうか」などと考えていました。40年程前ですが、民法の分野では公害法・環境法が盛んで、私も社会に直接かかわる法律を研究したいと思い始めた頃、恩師の篠塚昭次先生に相談したところ、「第一人者の加藤一郎先生を超える自信はありますか」と聞かれ、ハっとしました。「流行りに動かされず地道な研究をしなさい」「道を究めなさい」という意味だと思い、考え直しました。

岩瀬:では、高校生の頃は将来何なりたいとお考えでしたか。

鎌野:高校時代は全く具体的な何かひとつの職業についての目標はなかったのですよ。弁護士や法律家になることも、あまり考えてはいませんでした。そもそも歴史や文化に興味があったので。高校では軟式野球をやっていました。私の周りはあまり一生懸命に勉強しているタイプはいませんでした。同窓生の1人は非常に著名な彫刻家となり、奥村信之君といいますが、彼の制作した元ロ-マ法王の胸像は、バチカン宮殿にベルニ-ニの彫刻と向き合う形で飾られています(その部屋にはこの2人の彫刻しかありません)。ミケランジェロやベルニ-ニと一緒にその彫刻が飾られている現役の日本人がいることは、日本では余り知られていません。『文藝春秋』の今年(2017年)の9月号に彼を含めた高校の同窓生4人の写真と記事が掲載されています。

岩瀬:鎌野先生は現在マンション学会会長で、区分所有法では第一人者だと小澤先生からうかがっていますが、区分所有法の分野に関心をもたれて研究されるようになったきっかけを教えていただけますか。

鎌野:まず、区分所有法とは、簡単に言えば、マンションで生活をするときの基本的なルールとなる法律です。マンションのように一つの建物をいくつかの部分に分けて所有するときの建物の所有関係、管理の考え方等を定めた法律で、区分所有された建物の大規模な修繕や建替えを決めるときの手続きや方法についても定められています。
区分所有法を研究することになったのも、偶然の出会いからなのですが、研究者になり5年程経ってから、東京大学の稲本洋之助先生から、「一緒に区分所有法のコメンタールを書きませんか」とお声掛けいただき、5年程かけ、毎週のように二人で議論しながら全ての条項にコメントをつけるという作業をしました。それがきっかけで、この分野の研究が私の軸となりました。もう20年以上前の話です。

岩瀬:マンション学会とはどういう学会なのですか。

鎌野:建築や法律等の関連する分野の研究者や弁護士の方々が中心となって、企業や役所の方も入って、当時より大きな関心を集めていた欠陥マンション等の様々なマンションにかかわる問題を議論する場として設立された学会です。30年程前に作られた学会で、私はまだ大学院生時代のことです。それが2017年4月に会長になりました。歴史を感じます。学際的、業際的な学会で、現在、会員数は700名程度です。

岩瀬:マンション学会に入っておられる皆さんの現在の最大の関心事はどういうものでしょうか。

鎌野:会員も色々な方がいらして、法律家、研究者から、法律の専門家ではない管理組合の方、マンションにかかわるマンション管理士等の専門職や不動産・マンションに関連する企業まで幅広い関係者がおりますので、それぞれ多様な関心事があります。最近は民泊について議論しています。そのほか、建替えや解消の問題、老朽化、震災時の対応等を常にいろいろな学会内部の研究会等で議論しています。

インタビュー 鎌野 邦樹

岩瀬:専門のご研究だけでなく、鎌野先生には、政府や地方自治体の審議会や委員会の委員のご依頼も多いと思いますが、どういうご経験がおありでしょうか。

鎌野:2002年の区分所有法の改正や2013年の被災マンション法の改正の際に法務省の法制審議会の委員を務めました。また、いくつかの国土交通省の委員も務めたりもしました。現在も2つの委員会の委員になっています。管理委託契約書の改正に関する検討委員会の座長も任されています。他にも、東京都の公益法人関連の委員会や消費者被害救済委員会、千葉県の都市計画審議会などの委員になっております。色々なことに興味があるので、ご依頼いただくと基本的にお引き受けしています。

岩瀬:特に印象深いものがあればご紹介いただきたいのですが。

鎌野:20年以上前の小澤先生との出会いにもなった出来事があるのですが、日本では区分所有法において、マンションの終末に関しては建替えという選択肢しかありませんでした。ただ、建替えは非現実的な議論なのです。そこで小澤先生にアメリカでのケースを伺ったのが親しくなったキッカケでもありました。実際、アメリカでは「解消」という選択肢もあったのです。つまり、マンションを売却して、その資金を所有者で分配することが「解消」です。小澤先生がタッチの差で先に発表されていらしたのですが、私も建替えと併存する制度しての「解消」に関して論文を書き、小澤先生と同じ問題意識を抱えていました。仮に法律の分野にもノ-ベル賞があり、この点に関する業績に対して与えられるとしたら、「同時受賞」となるでしょうか(笑い)。
この点につきましては、2013年に東日本大震災がきっかけで、被災マンション法の改正がありました。全員合意でしか、マンションを解体したり、またはマンションを売却したりすることができないというルールを、多数決で出来るようにしたのです。限定的な被災マンションという場合ではありますが、被災マンション法の改正に繋がり、「解消」制度の第一歩が実現しました。ただ、これは政令指定災害にのみ適用されます。
このことは、もちろん、スムーズに改正された訳ではありませんで、反対者の所有権を多数決で奪うことに対する慎重派の方も多くいました。特に研究者の方で。ただ、「全員の合意」というのは非常に困難で、損壊した危険なマンションを放置することにも繋がります。所有していたマンションを解体したりマンションを売却したりして金銭を受け取れるのであれば、次の生活の目途も立ちますので、妥当な改正であったと思っております。

岩瀬:専門的なお話になってしまうかもしれませんが、先生がこれまで書かれた論文や書籍で会心の出来と言いますか、代表作とお考えのものをお話しいただけますか。

鎌野:先程申し上げた稲本先生と共著で、5年かけて議論して作り上げた『コメンタールマンション区分所有法』という書籍が、第3版まで出ているのですが、あえて挙げるとすると現時点では私の代表作かと思います。こちらの書籍を通じ、多くのご相談やご依頼をいただきましたので。書籍は600ページを超え価格も1万円近くで、20年で数万部程売れているそうです。原稿を出版社の社長がわざわざ取りに来ていたのを思い出します。「社運が掛かっていますから!」と社長にプレッシャーをかけられつつ執筆したことを記憶しております。ただ、これから、さらなる「代表作」といえるものを書くように頑張りたいと思います。
他に、平成4年の借地借家法の改正の際に、借地借家法4条で「土地を30年借りられ、その後10年毎に更新する」という提案が政府からなされたのですが、私は、10年毎の更新はライフサイクルを考えても短いと感じ、初めの更新後に限り、20年にしてはどうか、という論文を書いたのですが、私の知らない間に、私の考えが示されて、この議論が法務委員会で取り上げられ、いつの間にか国会の本会議では、これが採用され条文の「括弧書き」に入れられました。これも、隠れた「代表作」かもしれません。
また、もう1つ、近年しばらく話題になっていた貸金業の過払い問題ですが、私は民法の不当利得法制という点から大いに問題だと思い、かなり以前から個人的には関心を持っており主張していました。或る時、広島の弁護士さんから突然相談をいただきました。他の多くの弁護士と共に消費者金融や商工ロ-ンから借金をして困っている方を弁護しているそうで、意見を求められたので、貸金業法43条の解釈に関する意見書を作成し、最高裁に提出したところ、最高裁で勝つことができました。それから、同条を撤廃する法律の改正もあり、いわゆる「過払い問題」が大量に発生しました。それ以来、最近まで過払い金の返還を専門にして多くの利益を得ている法律事務所がありましたが、そこに至るまでの活動に全く無縁の法律事務所のCMを見る度に複雑な気持ちでした。この意見書も隠れた「代表作」かも知りません。

岩瀬:また、鎌野先生には、民間の方々からも、さまざまなご依頼があろうかと思いますが、どういうご依頼が多いでしょうか。

鎌野:役所のほか弁護士さんなどから多くのご依頼ご相談をいただきますが、多くはマンション関連の案件の考え方や鑑定意見を求められることでしょうか。実際に生じているケースは教科書に書いていないことなので、一緒に考えていく楽しさもあり、勉強になっています。

岩瀬:少し先生のことをお聞かせいただけますか。座右の銘とか、好きな言葉などお聞かせいただけたらと思います。

鎌野:色々ありますが、最近は学生によく言っているのですが「適当にやる」「ほどほどにやる」ことを勧めています。心身共に健康でいることも大切ですから。

岩瀬:プライベートなことで恐縮ですが、ご家族は?

鎌野:大学生の子供2人と妻がいます。息子は法律の世界ではなく文学部に進み、来年からマスコミに勤める予定です。が、最近は「法律は面白い」と言い出し、法学部の授業に潜りこんでいるようです。娘はバトミントンとスカッシュが大学生活のほぼすべてです。

岩瀬:休日は何をして過ごされていますか。ご趣味などお聞かせいただければと思います。

鎌野:休日は殆ど学会やその準備です。学会も国内海外に出向くことが多く、旅行も兼ねています。仕事と趣味が同じです。また、自宅の近くに畑を借りております。娘が小学生の頃、親の職業は「兼業農家」であると書きました。

岩瀬:ところで、小澤先生とは以前からお親しいとうかがっていますが、いつ頃からどういうことで親しくなられたのでしょうか。

鎌野:20年以上前の元々は稲本先生関連の勉強会だったかと思いますが、それから学術的な繋がりでお付き合いが続いています。

岩瀬:小澤先生とはどういう先生ですか。

鎌野:小澤先生は実務家で不動産関連の第一人者で、また熱心な研究者でもいらして常々、そのお仕事には敬服しております。

インタビュー 鎌野 邦樹

岩瀬:今回、小澤先生が開設された新しい法律事務所に顧問として参加されることになりましたが、理由と言いますか、抱負のようなものをお聞かせいただけますか。

鎌野:この度、小澤先生からのご依頼なので喜んでお受けしました。実務と理論の双方に触れ勉強できることは、私の目指していることでもありますので、とても楽しみにしています。ただ、実際の業務にどれだけ貢献できるかは不安ですが。