「長期営農継続農地」顧問鷺坂長美

長期営農継続農地

2020年10月13日
鷺 坂 長 美

 私の自宅の前はぶどう畑です。毎年8月には「藤稔」がたわわに実り、大変美味しいので、贈答用としても、家庭用としても毎年お世話になっています。自宅の前で採れたということで付加価値も上がります。畑は生産緑地に指定されています。自宅を購入した当時はまだ住宅も多くなく周囲の広々とした風景を満喫できましたが、今や生産緑地以外はすべて住宅が建っていて、生産緑地が貴重な空間となっています。
 市街化区域内のこうした農地で思いだすのが、2度務めた旧自治省税務局固定資産税課での税制改正です。最初は1980年4月~1982年3月まで、2度目は1991年4月~1992年3月までです。
 固定資産税は土地と家屋と償却資産に課税される地方税ですが、土地については固定資産評価基準にもとづいて評価して価格を求めそれに税率をかけて課税します。固定資産税はいわゆる「収益的財産税」と言われます。課税する以上その財源をどこに求めるか、ということですが、一般的に「財産税」である相続税等は当該資産を売却すれば財源ができますので、1回限りの課税です。それに対して固定資産税は毎年の課税ですから資産を売ることは想定していません。その資産を所有することによる「収益」に着目しているということです。個人所有の住宅でも賃借すれば払わなければならない賃料を支払わずにすむということで「収益」があると言えます。したがって、固定資産税の土地の評価はその利用実態に応じて算出することになります。農地、宅地、山林等、それぞれの用途に応じた評価が行われます。
 1968年に新しい都市計画法ができ、都市計画区域については市街化区域と市街化調整区域の線引きが行われました。市街化区域は既に市街地を形成している区域かおおむね10年以内に優先的・計画的に市街化を図るべき区域で、市街化調整区域は市街化を抑制すべき区域とされています。そこで市街化域内農地の評価はいずれ市街地を形成する区域にあるのだからということで農地であっても農地としてではなく周辺宅地に準じて評価するといういわゆる「宅地並み課税」が行われることになりました。1971年税制改正です。一方、都市域における良好な環境の確保という観点から市街化区域内であっても民有緑地の活用が図られるべきということで、原則1ヘクタール以上の大規模な農地について都市計画で第一種生産緑地地区を定めることができるという法律(生産緑地法)が1974年にできました。この段階で大規模な農地は宅地並み課税が適用除外になっています。しかし、いずれにしても、ほとんどの自治体で小規模な農地も含め減額措置が採用されたため、「宅地並み課税」は実質的には実施されずに推移していました。
 私が1度目に固定資産税課に配属になったのはちょうどそのころです。市街化区域内の農地は農地並みの課税に減額措置を受けながらいつでも開発できるのに調整区域内の農地は開発出来ない、それは不公平ではないか、という意見が大きくなってきていました。もちろん一方で都市の良好な環境保全や防災のために市街化区域内であっても緑地は保全すべきという意見や昔から農業を営んでいたのに周囲が市街化することで突然税負担が何倍にもなるのは納得がいかない、という意見もありました。農家からは毎日のように「宅地並み課税反対」のはがきが送られてきて、それを整理するのに大変だった記憶があります。
 翌年の1982年の税制改正で一通りの決着をつけることになりました。具体的には長期にわたり営農の意思のある人に対しては、税を毎年減額するのではなく、課税はするけれども徴収を猶予し、農業を継続しているなど一定の事由で5年ごとに免除するという制度が導入されました。この農地を「長期営農継続農地」といいます。
 それから10年後に再び固定資産税課へ配属され、この問題にかかわることになりました。「バブル」真只中のころで土地の値段も高騰し、周辺宅地に比べ低い市街化区域内農地の税負担のあり方は大きな課題でした。当時の建設省も生産緑地法を改正して都市計画上保全する農地を明確にするとともに面積要件を大幅に緩和し0.05ヘクタールでも生産緑地にできる措置が図られました。そこで固定資産税においてもこれまでの「長期営農継続農地」を廃止し、市街化区域内農地について、都市計画で生産緑地と位置付けられたものは農地並み課税とし、それ以外は宅地並みに課税することで決着したところです。10年前に法案に書いた「長期営農継続農地」という文言を10年後に廃止したことになり、不思議なめぐり合わせを感じたものです。
 当時の生産緑地法では生産緑地の地区指定から30年間は農地として営農されることが必要でしたが、2022年にこの30年の期限を迎えます。2017年に生産緑地法の改正も行われ、面積要件をさらに緩和するとともに、新たに特定生産緑地制度が設けられ、10年ごとに指定が受けられるようになっていますが、後継者難といわれる市街化区域内農地のあり方についての議論から目が離せません。

(注)市街化区域内農地の実際の税負担はより複雑です。生産緑地であるかどうか、三大都市圏であるかどうか等により、農地として評価するもの、宅地として評価するもの、宅地として評価しても農地として課税するものなどもあります。

(今年の夏の藤稔)