「公害防止計画」顧問鷺坂長美

公害防止計画

2019年10月25日
鷺 坂 長 美

 2001年に環境省へ移りましたが、最初の悩ましかった仕事の一つが公害防止計画の改定作業です。公害防止計画は公害対策基本法、現在の環境基本法に位置付けられた計画です。公害対策はともすれば被害が発生してからの後追い的な対策になりがちですが、それを計画的・予防的にしていくために設けられた制度です。1971年から必要な地域で策定され始め、1980年前後には全国48地域、市町村数で469市町村を範囲とする計画が策定されました。法律では、「現に公害が著しい地域」のみならず「人口産業の急速な集中により公害が著しくなるおそれがある地域」について国が計画の策定を「指示」し、都道府県が策定して国の承認を受けるものとされていました。そして、下水道整備や緑地整備、汚染された農用地の客土事業など公害防止のための事業について、いわゆる公害財特法により補助率のかさ上げ等の国の財政支援措置が受けられるようになっていました。
 当初は淡々と事務的に計画の改定をすればいいのでは、と思っていましたが、そうはいきません。対象地域を国が決めなければなりませんが、その指定作業が半端ないものでした。法律の文言が抽象的ですので、市町村からは指定してほしいとの要望が引切り無しにあり、また、関係の国会議員をある意味総動員した要望合戦もあり、与党幹部への説明等大変手間のかかる作業が待っていたのです。
 特に市町村の関心が高かったのはごみ処理施設の補助率のかさ上げについてです。ごみ処理施設は全国どこの市町村でも必要です。しかし、もともと市町村が独自で対応していたこともあり、戦後の日本経済が疲弊していた時に制定された清掃法で国庫補助制度ができたときも補助率は1/4と低くされました。その後廃棄物処理法になった以降も補助率については原則1/4と低いまま続いていました。それが公害防止計画の策定地域になると公害財特法で1/2にかさ上げされます。市町村にとっては大変貴重な財源になります。対象地域の指定は公害の著しい地域とされるわけですから当該地域の人々にとっては必ずしも名誉なことではないのでは、と思ったりしましたが、財源問題が関係するとそうでもないようです。
 当時の担当課長補佐は国交省の河川局から環境省へ出向していた技官の方でした。各地からのさまざまな要望の処理に長けた方でしたが、抽象的な指定基準を数値化しましょう、ということで環境基準の達成状況をもとに数値化を図ろうという作業を始めました。数値化といっても環境基準に対する達成状況でみますので、達成状況の見方によって結論が変わってきます。数値化作業も難航しましたが、中央環境審議会で有識者の意見を聞く等して何とか公表に至りました。対象地域から漏れれば、現実問題としてごみ処理施設の整備事業に係る補助金が大幅に減りますので、政治的に持つかどうか不安な面もありましたが、公表後はほとんどそういったことはなく、スムーズに施行できたと記憶しています。
 その後の改定作業も「指定」の数値化が効を奏してか、スムーズに進められたと聞きます。地方分権改革の流れの中で、2011年に環境基本法と公害財特法の改正が行われていますが、国による計画策定の「指示」は廃止されました。都道府県による任意の計画に位置づけられた事業計画についてのみ、その「同意」が国の権限として残りましたが、補助率かさ上げの対象事業も縮小され、ごみ処理施設等は、公害防止との関連性が希薄になっていること、廃棄物処理施設については循環型社会形成に向け全国的に展開すべき課題であること、補助金改革の結果、既に廃棄物処理施設については循環型社会形成交付金として交付率が原則1/3になっていることなどから対象から廃止されています。公害防止計画ができたころは、この計画が各種の規制と相まって高度成長期における公害防止の切り札の一つでありました。今でも21地域の事業計画について進められていますが、自治体ではそれぞれ環境保全(管理)のための基本計画のようなものもあり、公害防止計画の注目度はそれほど高くなくなってきているように思われます。