「『大阪ガスビル』の夜景写真から」弁護士小澤英明

「大阪ガスビル」の夜景写真から(2021年10月)

2021年10月6日
小 澤 英 明

 先日、石田潤一郎「建築を見つめて、都市に見つめられて」(鹿島出版会2018年)を読んでいたら、「大阪ガスビル」(1933年竣工)の夜景の写真が掲載されていた(下の写真上参照)。「あれっ、大阪ガスビルはこんなに美しかったんだったっけ。」と急に大阪ガスビルが気になった。実は、私には鈴木博之先生や増田彰久先生との共著の「都市の記憶」(白揚社2002年)があるのだが、この本に大阪ガスビルがとりあげられていながら(増田先生の写真あり)、これまで大阪ガスビルを現地に一度も見に行っていない。何とも恥ずかしい話だが、その設計者の安井武雄についても注目していなかった。日本橋の野村証券ビルが安井武雄の設計ということは知っていたが、あまり好きではなかったからかも、と言い訳してみる。
 実は、石田さんとは面識はないのだが、石田さんは、鹿児島ラ・サール学園の3年先輩である。そのため、一方的に石田さんに親近感をいだいている。石田さんには、安井建築設計事務所の後継者であった佐野正一さんからの聞き書きというスタイルで書かれた「聞き書き 関西の建築」(相模書房1999年)という名著がある。もちろん、これは、佐野正一さんの類まれな記憶力がなければ生まれなかったものだが、石田さんの知識と情熱がなければ、ここまで完成度高く関西の建築に関するさまざまな情報を整理して読者に届けることはできなかったと思う。建築に関する日本の本では、私はベスト10に入ると思う。
 ところで、この名著の表紙カバーを飾る写真が、大阪ガスビルの写真(下の写真下参照)で、これまで、この表紙を見ても何とも思わなかった自分が情けなくなってきた。しかし、言い訳すると、この表紙の写真の左半分は安井武雄の設計だが、右半分は戦後に佐野正一さんが増築の設計を行ったものである。増築部分も当初の建築部分と調和のとれた名建築の誉れが高いが、私にはどう見ても、安井武雄の当初の設計部分が美しく見えてしまう。今回惹きつけられた夜景の写真は、増築部分が見えないアングルの石田さん撮影のものである。また、増田先生の写真にも増築部分はあまり写っていない。増田先生の写真は常に第一級品で、しばしば現物よりよく見えることがあるのだが、大阪ガスビルの写真は石田さんの夜景写真が美しい。白黒だから輪郭の美しさが際立っているのかもしれない。
 今回、この名著を再読して面白かったのは、村野藤吾が「建築は結局は模倣なんだ。いかに料理して出すかということであって、過去の様式を取り入れていくことは建築には避けられないんですよ」と語っていたこと。また、佐野さんが「丹下さんは出所がわかるようなものを平気で出すでしょう。・・・この間僕が壊さざるを得なくなった『戸塚ゴルフクラブ』はエーロ・サーリネンの『ダレス空港のターミナル』ですから」と語っていたこと。私は、代々木第一体育館(1964年竣工)の美しさから長く丹下健三を崇敬していたが、エーロ・サーリネンのエール大学のホッケーリンク(1958年竣工)に似ていることを知って熱が少しさめたことがある。しかし、なお代々木の方が美しいと思う。ただ独創性への感嘆はサーリネンに向けられるべきだろう。サーリネンには、このようなことで関心があったのだが、エーロのお父さんのエリエル・サーリネン(著名なフィンランドの建築家)の作品資料の展覧会がこの9月20日まで汐留美術館で開催され、見る機会を得た。親も偉大だったんだ。